●宇宙的な悲しみを持つ宮沢賢治随一の長編
―― 皆さま、こんばんは。本日は鎌田東二先生に「宮沢賢治『銀河鉄道の夜』を読む」という題でお話をいただきます。先生、どうぞよろしくお願いいたします。
鎌田 よろしくお願いします。
―― それでは、早速お話を進めてまいりたいと思います。実は鎌田先生は、岩波現代文庫から『宮沢賢治「銀河鉄道の夜」精読』というご本をお出しになっています。宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』をどう読むかということを非常に詳細にお書きいただいて、巻末では『銀河鉄道の夜』の1次稿から4次稿まで載っているような本です。鎌田先生にとって『銀河鉄道の夜』はどういう作品になるのでしょうか。
鎌田 ひと言でいうと、宇宙的な悲しみでしょうか。
―― 悲しみなのですね。
鎌田 喜びではないですよね。透明な悲しみのようなものに貫かれています。モーツァルトでいえば、ピアノ協奏曲の第20番のような、どこか悲壮で悲劇的な感じです。 かわいそうというと同情的になりますが、「本当に辛いなあ」という孤独感のようなものが、とてもよく表現されています。そして、最初から最後まで貫かれている、何か透明で孤独な感情のようなものが非常に深遠です。つまりそこには深いものがあるということです。また、『銀河鉄道の夜』ですから、宇宙的な感覚に孤独が相まって、とてもこころに染み入るものがあります。宮沢賢治の中でもやはり特別な作品だと思います。
―― そうですね。特別に長い長編ということにもなりますし。
鎌田 一番長いのではないでしょうか。
―― そうですね。
●9パートで構成された物語の、複雑な原稿
―― 今、先生から悲しみ、あるいは孤独というお話がありましたが、ジョバンニの孤独がどうであるか、あるいは宮沢賢治の宗教観がいかに描かれているかというお話については、後のほうでいただきたいと思います。最初に、『銀河鉄道の夜』というのはどういう内容なのか、あらすじで追ってまいりたいと思います。
鎌田 では、あらすじの説明をお願いします。
―― まず、『銀河鉄道の夜』は9パートから構成されています。順次見てまいります。
こちらは宮沢賢治記念館で発行されている『宮沢賢治「銀河鉄道の夜」原稿のすべて』という本です。
鎌田 すごいですね。
―― 全部の原稿が載っていますね。
鎌田 書き込みをしてあるものですね。
―― 書き込みをして、パート、パートということで、特に冒頭部は、最後のほうに書き加えた部分になるので、ちょっと殴り書きっぽい。ただでさえ宮沢賢治の場合、それほど字がお上手ではありませんが、ここは非常に読みづらいといいますか、殴り書きのように書いているところですね。
鎌田 原稿用紙の形も少し違いますね。
―― ええ。裏もあるし、いろいろな形で使っているようですね。
鎌田 はい、裏紙などもありますね。
―― では順次、ご説明をしていきたいと思います。
●「午后の授業」「活版所」「家」
―― まず、冒頭が「午后の授業」というところになります。これは教室のシーンから始まります。先生が星座の図を示しながら、「天の川はほんとうは何だろう」と皆さんに訊くわけですね。このとき、ジョバンニが当てられますが、彼は仕事が忙しく、疲れていて答えられない。次にカムパネルラが当てられますが、彼はたぶん分かっているのに、ジョバンニに気を遣って答えない。そうしている間にジョバンニが、あれが銀河だという話はカムパネルラの家で一緒に読んだ本で知ったのだと思い出す、と。
鎌田 この、カムパネルラがすぐに答えないところがミソですね。これが後までずっと尾を引いていくというか、このへんの作り方はなかなか味わい深い。
―― しかも、銀河のつくりというか、銀河の形などについても、当時の最新の形を取り入れているという話で来ています。
鎌田 そうですね。
―― 続いて、二つ目が「活版所」という話になります。これは先ほど言った「ジョバンニが忙しい」という話の理由になります。お父さんは漁師なのですが、漁に出ているのか、密漁して逮捕されてしまっているのか、不明ながら帰ってこない。お母さんは病気で寝ているので、ジョバンニが働いている。何をして働いているかというと、活版所に行って、当時のことですから、活字を拾っていくという仕事をしている。そうした描写になります。
さらにその次が「家」というところです。活版所の仕事を終えて家に帰ってくると、病気のお母さんがそこで寝ている。ここで「お父さんのことで学校...