●中華文明の4つの要素
では、中華文明とはいったい何か。これは、4つの要素があります。
1つは当然、漢字です。漢字を理解することによって、(2つ目の)律令という法体系を学ぶことができ、この法体系に基づいた官僚組織をつくることができます。だから律令は極めて重要です。
3つ目は儒教です。儒教とは、広くいえば人間関係ということになります。現在でも、国際社会において守らなければならないルールがあります。例えば、「基本的人権の尊重が守られない国とはお付き合いすることができません。きちんと基本的人権を守ってください」ということは、互いに国際社会の中で確認するところですね。それと同じで、儒教の考え方を学んでくれないと外交もできませんよ、ということになります。だから、儒教もきわめて重要になります。
もう1つが仏教です。仏教は東アジア全体に広まった最も有力な宗教になります。
したがって、漢字、律令、儒教、仏教の4つの共通項を持った社会ができてきていると理解をすればいいと思います。
●中国に引けをとらなかった日本の知識人たち
日本の国の教育体制も、この4つを学ぶように整えていきます。
漢字を学ぶために、百済の国から王仁(わに)博士を連れてきて、そして勉強をする。また国に学校をつくっていくことになります。律令の専門家も招くことになり、日本的な律令が7世紀の後半にはできて、天皇といえども律令という法律制度の上に位置づける存在です、ということがきちんとうたわれる法治国家ができます。
さらには各地域に仏教が根づくように、国分寺、国分尼寺をつくるだけでなく、各豪族たちも地域でお寺をつくり、そこで仏教を学ぶという仕組みが出来上がってきます。
すると、日本において、水準は違ったとしても、グローバル・スタンダードな教育が一応、できるわけです。そうすると、日本で学んだ人たちが中国に行っても、その学識が通用するということが起きます。
その一番の例は誰かというと、阿倍仲麻呂です。阿倍仲麻呂は遣唐留学生として中国に渡り、玄宗皇帝に仕えて、玄宗皇帝の子どもの教育係をさせられています。そして、さまざまなことを行うのですが、秘書庁の長官をする。簡単にどういう役割かというと、秘書というと事務方と思われるかもしれませんが、そんなことはありません。図書館館長でもあり、皇帝の秘書役でもありますが、皇帝が出す全ての文書に対して、それを起草するという役割です。つまり、国家が布告する文書を起草する役割ですから、政府機構のど真ん中の国務大臣クラスにまでなっている。
付き合っている人がすごいのです。中国の詩人である王維や杜甫と、詩を交わし合うことができる。ただし杜甫は、宮廷内での位では阿倍仲麻呂にはるか及びません。王維はかなり接近して、王維が上ですが、彼は失脚したりしています。ところが、阿倍仲麻呂は一度も失脚していません。
また、山上憶良ですが、おそらく彼は自由に言葉(中国語)を操って、中国の知識人と話し、中国の知識人が書いたものと変わらない文章を書くことができる。そういった漢文の能力がある人もいます。
こういった、その地域で中華文明圏の中に入り、大きな教育機関が成功した地域の留学生は、科挙にも通ります。おそらく阿倍仲麻呂も科挙に通っているはずです。朝鮮半島の崔到遠(さいちえん)という人も、きちんと通っています。
●自分たちの足元を見つめようという機運
これが一種のグローバル・スタンダードです。そうすると、そのグローバル・スタンダードの外交では、庭に外交使節団を招いて、漢詩のやり取りをするということが、きわめて重要になるわけです。
これには、なかなか面白いルールがあります。漢詩は、第2句目の最後の音を決めると、その音に合わせて韻を踏んでいかなければいけません。宴会(詩の宴)に出るときに、人に頼んで詩を作ってもらい、それをパッと出したりする人がいたのでしょう。そういうことができないように、当日、「第2句目の最後にはこの字を使え」というクジ引きをするということがあったのです。
日本の中では『懐風藻(かいふうそう)』と呼ばれる漢詩集を作って、新羅からやってきた人たちをもてなした、例えば長屋王の漢詩などが収められています。
つまり、簡単にいうと、学校で勉強する内容、役所でさまざまな事務をする方法など、全てが東アジアのグローバル・スタンダードに基づいているわけです。漢字、律令、儒教、仏教に基づいて、全部定められている。それをやらなければ知識人ではないわけです。
そうすると、いつまでたっても自分たちが、自分たちの言葉で、自分たちの気持ちを表すことができないとなる。そこで、自分たちは日本の歌を大切にしよう、日本の古い物語を大切にし...