●老廃物を排出する脳脊髄液は睡眠中に多く流れる
毛内 さて、「脳は外部環境と隔絶している」という話をしましたが、実は体には「リンパシステム」という、体の細胞で発生した老廃物を洗い流すシステムがあります。
ところが、昔から脳にはリンパ管がないということが知られています。脳も細胞からできていますので、脳の老廃物をどうやって排出しているのかというのが長年の謎でした。
脳で発生する老廃物として有名なのは、例えば、「アミロイドβ」というタンパク質が知られており、これが異常に蓄積してしまうと、アルツハイマー病の原因になるのではないかと考えられています。このような老廃物はどうやって排出しているのでしょうか。
実はこの働きを担っているのは脳脊髄液であるということが最近、提案されています。 脳脊髄液は脳の中で作られている無色透明の液体ですが、これが脳の中に浸入して、脳で発生した老廃物を洗い流している、リンパのような働きをしているという提案があります。これは、「脳リンパ排泄機構」という名前がつけられています。
脳脊髄液は常に流れて入れ替わっているという話をしましたが、実は常に同じ速さで流れているわけではなく、寝ているときと起きているときでは流れ方が変化しているということが知られています。特に、睡眠中にたくさん流れることが知られており、睡眠の意義というのはたくさんありますけれども、睡眠中に脳の老廃物を排出しているのではないかというのが最近、注目されていることです。
●「アクアポリン4」の働きが脳脊髄液の流れを左右する
この脳の水の流れには、「アクアポリン」と呼ばれるタンパク質が重要な働きをしていることが提唱されています。このアクアポリンの中でも、「アクアポリン4」と呼ばれるものが脳で発現しており、アクアポリン4は、グリア細胞の一種であるアストロサイトの血管を取り巻いている突起のところに集まっています。この集まっている状態で、脳の中で水の流れを生み出すといわれています。事実、アクアポリン4のタンパク質を生まれつき持たないマウスでは、脳の中の水の流れ方が変化することを明らかにしました。
これは、マウスの脳の脳脊髄液に蛍光標識するトレーサーを注入して、30分後に脳の中にどれくらい浸透したかということを評価した図です。そうすると、普通のマウスでは、この程度(スライドの左画像)脳の中に浸透するのに対して、アクアポリン4を生まれつき持たないマウスでは、ほとんど脳の中に入っていかないことが分かりました。したがって、アクアポリン4が、脳脊髄液が脳の中に浸入するシステムに重要な働きをしていることが明らかとなりました。
水の流れを調節しているアクアポリン4というタンパク質は、健康な状態にある脳ではアストロサイトの突起の部分に集まって存在して水の流れを生み出していますが、脳障害や加齢によって、アクアポリン4の発現が変化することが報告されています。つまり、この突起の部分に集まっていたものが、別のところにも発現してしまうということです。
したがって、年を取るとどうして認知症になるかということの一つのメカニズムとして、この脳のリンパ排泄がうまくいかないことが考えられます。脳の中では常に若いうちからアミロイドβのような代謝老廃物が産生されていますが、通常はこれが睡眠中にうまく洗い流されて、蓄積することはありません。
ところが、年を取ってくるとアクアポリン4の発現が変化してしまうために、脳の中で正常な水の流れを生み出せない。そのため、異常なタンパク質が蓄積してしまい、それが神経細胞に働きかけることで、認知症のような状態を生み出すのではないかと提案されています。
●脳内のノルアドレナリンを制御することで脳脊髄液の流れを改善
この脳リンパの流れは、脳の加齢に伴う認知症だけではなく、脳梗塞などでも重要な働きをしていると考えられています。
脳梗塞では、血管が詰まることで血が行かなくなって、その先にある脳組織が壊死してしまう状態ですが、滞ってしまうのは血液だけではなく、脳脊髄液の流れも滞ることが知られています。
したがって、そこで水がたまってしまって、脳が腫れた状態、いわゆる「脳浮腫」という状態になります。そこにたまっている液体の中には高濃度の毒性のある物質があり、それをいち早く洗い流すことが重要なのですが、先ほど言ったように、水の流れを制御してい...