江戸時代、江戸の版元として大成功を収めたのが蔦屋重三郎という人物である。蔦重は独創的な出版物を多岐にわたり打ち出し、江戸の出版界を牽引したが、そのクリエイティビティの源泉には、吉原遊郭に出自をもつ蔦重の独特な生い立ちがあった。(全8話中第1話)
※インタビュアー:川上達史(テンミニッツTV編集長)
「江戸のメディア王」蔦屋重三郎の生涯
現代でも通じる蔦屋重三郎の斬新な出版アイディア
「江戸のメディア王」蔦屋重三郎の生涯(1)吉原で始まった蔦重の出版活動
歴史と社会
堀口茉純(歴史作家/江戸風俗研究家)
時間:13分14秒
収録日:2024年11月6日
追加日:2025年1月9日
収録日:2024年11月6日
追加日:2025年1月9日
≪全文≫
●蔦屋重三郎は出版社の社長兼プロデューサー
―― 皆さま、こんにちは。
堀口 こんにちは。
―― 今回は、堀口茉純先生に、蔦屋重三郎(つたやじゅうざぶろう)についてお話を伺いたいと思っております。堀口先生、どうぞよろしくお願いいたします。
堀口 お願いします。
―― ツタヤというと、書店さんですとか、ビデオとか、そういうイメージをお持ちの方もいるかもしれませんけれど、この江戸の蔦屋重三郎はひと口でいうと、どういう方になるのですか。
堀口 ひと言でいうと、江戸の版元として、一代で大成功を収めた人物ということになるかと思います。
―― 版元ですから、当然、本を出版するのですよね。
堀口 そうですね。出版元で版元ということなので、現代的にいうと、出版社の社長兼出版プロデューサーということになってくるかと思います。
社長というのは会社の責任者ですけれども、プロデューサーというのはどういうことかといいますと、どういった作品が売れるのかを見極めて、絵師だったりとか、ほかの職人たちを起用していって、こういう絵を描いてほしいというような依頼もして、制作過程も全部チェックして、自分の出版社から出版していた人ということです。
―― だからいまの出版社でいうと、編集者的なお仕事もして、しかも経営的にもセンスがバッチリ。
堀口 はい、そういうことなのですよね。
―― しかも版元ということですけれども、当時、本だけではなく浮世絵などでもたいへんいろいろな作品を出していたのですよね。
堀口 そうなのです。
●企画に合う絵師に声をかけ、写楽を世に出した
堀口 具体的に見ていきたいと思うのですけれども、蔦屋重三郎の有名な仕事でいうと、こちらの東洲斎写楽を世に出したということです。役者のデフォルメした似顔絵を出そうと決めたのが写楽ではなくて、版元の蔦屋重三郎(蔦重)だったということなのです。
―― これは作家さんに、この場合は浮世絵師さんですけれども、ぜひこういうふうに描いてくれと、自分でアイデアをつくってぶつけていくということですね。
堀口 はい。まずはこういう企画にしようという方向性を蔦重が決めて、それに合う絵師を起用します。これが写楽だったということなのです。
こちらは浮世絵版画ですので、写楽の絵を版画にするた...
●蔦屋重三郎は出版社の社長兼プロデューサー
―― 皆さま、こんにちは。
堀口 こんにちは。
―― 今回は、堀口茉純先生に、蔦屋重三郎(つたやじゅうざぶろう)についてお話を伺いたいと思っております。堀口先生、どうぞよろしくお願いいたします。
堀口 お願いします。
―― ツタヤというと、書店さんですとか、ビデオとか、そういうイメージをお持ちの方もいるかもしれませんけれど、この江戸の蔦屋重三郎はひと口でいうと、どういう方になるのですか。
堀口 ひと言でいうと、江戸の版元として、一代で大成功を収めた人物ということになるかと思います。
―― 版元ですから、当然、本を出版するのですよね。
堀口 そうですね。出版元で版元ということなので、現代的にいうと、出版社の社長兼出版プロデューサーということになってくるかと思います。
社長というのは会社の責任者ですけれども、プロデューサーというのはどういうことかといいますと、どういった作品が売れるのかを見極めて、絵師だったりとか、ほかの職人たちを起用していって、こういう絵を描いてほしいというような依頼もして、制作過程も全部チェックして、自分の出版社から出版していた人ということです。
―― だからいまの出版社でいうと、編集者的なお仕事もして、しかも経営的にもセンスがバッチリ。
堀口 はい、そういうことなのですよね。
―― しかも版元ということですけれども、当時、本だけではなく浮世絵などでもたいへんいろいろな作品を出していたのですよね。
堀口 そうなのです。
●企画に合う絵師に声をかけ、写楽を世に出した
堀口 具体的に見ていきたいと思うのですけれども、蔦屋重三郎の有名な仕事でいうと、こちらの東洲斎写楽を世に出したということです。役者のデフォルメした似顔絵を出そうと決めたのが写楽ではなくて、版元の蔦屋重三郎(蔦重)だったということなのです。
―― これは作家さんに、この場合は浮世絵師さんですけれども、ぜひこういうふうに描いてくれと、自分でアイデアをつくってぶつけていくということですね。
堀口 はい。まずはこういう企画にしようという方向性を蔦重が決めて、それに合う絵師を起用します。これが写楽だったということなのです。
こちらは浮世絵版画ですので、写楽の絵を版画にするた...
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