テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
ログイン 会員登録 テンミニッツTVとは
社会人向け教養サービス 『テンミニッツTV』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2017.11.12

バランス感覚に長けたローマ初代皇帝アウグストゥス

 英語の月名の一部がローマ皇帝に由来(July,August)しているのはよく知られたことですが、企業が資金提供をして文化・芸術活動を支援する「メセナ」。これも元をたどれば古代ローマのある人物に由来しています。その人物とはローマ初代皇帝アウグストゥスの側近ガイウス・マエケナス。マエケナスMaecenasがフランス語のmécénatに転じたのです。

皇帝を文武両面から支えた二人の側近

 古代ローマ史を専門とする歴史学者・本村凌二氏によれば、マエケナスはローマという国家が世界に名だたる一大帝国となっていくその過程で、文化面からローマの威容を発信していく重要性を心していた人物でした。その具体策として彼は、ローマの建国叙事詩『アエネーイス』の執筆を進める詩人ウェルギリウスをはじめ、多くの詩人、文人を集め、経済的援助でバックアップしていたのです。トロイア陥落後、戦いを重ねて新天地イタリアに至る『アエネーイス』の主人公アエネーアースに、人々は後にローマを統治するオクタウィアヌスの姿を重ねたことでしょう。

 文化面から若き皇帝を支えたのがマエケナスなら、軍事面で支えたのがもう一人の優れた側近アグリッパです。彼はカエサルの下で軍務についていた時にオクタウィアヌスに引き合わされ、二人とも同年代ということもあり意気投合。決して軍才に恵まれているとは言えないオクタィアヌスの腹心として、ローマを支えました。オクタウィアヌスがアクティウムの海戦で、アントニウス・エジプトの連合軍に勝利し、実質的なローマの統治者として君臨するきっかけをつかんだのも、この勇将アグリッパの存在あってこそと言われています。

 このように帝国形成のスタート段階で、軍事と文化、剛柔バランスよく優れた側近が存在していたということは、大変意味のあることといえるでしょう。

公人と私人、二つの顔を巧みに使い分ける

 このように優れた信頼できる部下が集まったのは、アウグストゥスが公私のバランスをとってきちんと使い分けることができる人物だったからだと、本村氏は言います。公人としては、非常に実利的で合理的。冷静で決まり事には厳格をもって処すると伝えられており、部下の従者が姦通の罪を犯したことが発覚すると、あるべき秩序を乱したということで、その男の足を切断するという厳罰を下しました。

 一方、私人としてはなかなかに温情あふれる魅力ある人物であったようです。ある時、従者を一人つれて森を散歩していたところに、イノシシが突然現れました。驚いた従者は、あろうことか自分一人でさっさと逃げてしまったのです。普通ならば、「主人を置き去りにして自分だけ逃げるとは何事か」と怒って処罰しても不思議ではないのに、アウグストゥスは、「あいつ、先に逃げやがって」と笑い飛ばして終わりだったそうです。プライベートでのアクシデントでもあり、誰もけがをしなかったわけだし、と笑って済ませる大らかさが彼にはありました。

バランス感覚に裏打ちされたリーダーシップ

 思えばオクタウィアヌスは「尊厳なるもの」という偉大な称号を得てからも、独裁制を嫌うローマ共和制の伝統を尊重し、「自分はローマ市民の第一人者・プリンケプスである」と強調することを忘れませんでした。「権力においては他の人と同じで、特に秀でているわけではない」という態度を常に意識し、実際には優れた側近の力も借りて、実質的な統治を着々と進めていく。公私の使い分けと同じように、建前と本音のバランスもうまくとっていたということでしょう。

 ローマ初代の皇帝として君臨したこの青年は、性格においても政策の進め方においても、そして部下の人選でも、すべてにおいてバランス感覚に優れた指導者であったようです。
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
より深い大人の教養が身に付く 『テンミニッツTV』 をオススメします。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,100本以上。 『テンミニッツTV』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

驚愕的インフレを克服したブラジルの奇跡と強さの秘密

驚愕的インフレを克服したブラジルの奇跡と強さの秘密

グローバル・サウスは世界をどう変えるか(5)多民族国家ブラジルの強さ

グローバル・サウスで注目される6カ国の最後はブラジルである。南米最大の多民族国家として、文化やスポーツなどさまざまな面で注目を集めており、世界の中でもその開放的な国民性には関心が高い。しかし、政治では腐敗やスキャ...
収録日:2024/02/14
追加日:2024/05/01
島田晴雄
慶應義塾大学名誉教授
2

地政学を理解する上で大事な「3つの柱」とは

地政学を理解する上で大事な「3つの柱」とは

地政学入門 歴史と理論編(1)地政学とは何か

国際政治を地理の観点からひも解く「地政学」という学問。近年、耳にすることも多くなった分野だが、どのような手法や意義を持った学問であるかを学ぶ機会は少ない。その基礎から学ぶことのできる今回のシリーズ。まず第1話では...
収録日:2024/03/27
追加日:2024/04/30
小原雅博
東京大学名誉教授
3

皇室像の転換…戦後日本的な象徴天皇はいかに形成されたか

皇室像の転換…戦後日本的な象徴天皇はいかに形成されたか

天皇のあり方と近代日本(1)「人間宣言」から始まった戦後の皇室

日本の歴史のなかで、天皇や皇室の姿は大きく移り変わってきた。日本が第二次世界大戦に負けた後、戦後日本的な象徴天皇の姿が確立されていったが、今、その「戦後の皇室像」の変化が求められているのではないか。その問題意識...
収録日:2021/11/02
追加日:2021/12/16
片山杜秀
慶應義塾大学法学部教授
4

なぜ民主主義が「最善」か…法の支配とキリスト教的背景

なぜ民主主義が「最善」か…法の支配とキリスト教的背景

民主主義の本質(1)近代民主主義とキリスト教

ロシアや中華人民共和国など、自由と民主主義を否定する権威主義国の脅威の増大。一方、日本、アメリカ、西欧など自由主義諸国における政治の劣化とポピュリズム……。いま、自由と民主主義は大きな試練の時を迎えている。このよ...
収録日:2024/02/05
追加日:2024/03/26
橋爪大三郎
社会学者
5

石田梅岩が唱えた「商売の基本」、不足の共有化が鍵

石田梅岩が唱えた「商売の基本」、不足の共有化が鍵

石田梅岩の心学に学ぶ(4)商売の基本と梅岩教学

石田梅岩の大きなテーマである「商売の基本」はどこにあるか。それは「不足」についての認識を共有化することだと田口氏は言う。20年の探究が実を結び、石田梅岩が講席を開いたのは1729年。以後、講席は15年続くが、本人の講義...
収録日:2022/06/28
追加日:2024/04/29
田口佳史
東洋思想研究家