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警察の取り調べに本当に「カツ丼」は出る?
制服の警察官やパトカー、白バイの姿を見かけない日はないぐらいですが、自分自身が最寄りの警察署や出先の交番にお世話になった経験は?というと、なかなか浮かばない人が多数だと思います。お役所の中で最も身近でありながら、遠い存在。それが警察ではないでしょうか。今回は、警察キャリア出身の作家、古野まほろさんの著作『警察手帳』をひもといて、日頃知ることのできない警察の実態を少しのぞいてみましょう。
研修生は、ずっと警察学校にこもりっきりということはありません。たとえば大卒では、最初の6か月は、警察学校での基礎的教養(初任教養)。次の3か月は、警察署での職場教養(職場実習)。次の2か月は、警察学校でのフィードバック教養(初任補修)。最後の4か月は、警察署でのOJT教養(実践実習)というステップを踏みます。
「教養」といっても、座学だけではなく、「術科」「教練」「各種訓練」「体育」などが用意されています。「術科」で学ぶのは、柔剣道、逮捕術、拳銃。例えば柔剣道であれば、どちらかの初段をとることが卒業要件になり、とれるまでみっちり訓練してもらえます。「教練」は、警察官として必要な動作を学ぶもの。「気をつけ。休め。右向け右」の個人技から始まり、分隊や小隊としての動作、部隊活動などのチームワーク技に入っていきます。「各種訓練」には、救急法や水難救助、機動隊訓練など、さまざまなものが用意されています。
入校当初は外出・外泊が禁止される警察学校の中では、カリキュラム以外にもいろいろなタスクやルールが課せられます。
制服にアイロンを掛ける。ボタンを縫いつける。靴をピカピカに磨いておく。寮室を徹底して掃除しておく。ベッドメイクは決められた形に整える。これらの日常管理を基本中の基本として、大きな声で挨拶をしたり、チームでレポートを仕上げたりする以外にも、「廊下の曲がり方、歩く姿勢、制帽の被り方に至るまで」ルールがあるというのです。
こうしたルールの一つひとつは理不尽でくだらないことだが、意味があるから続いているのだ、と古野氏は強調します。そして、その意味を自分で理解することこそ、「正義感」や「勧善懲悪」「人助け」の次に警察官にとって大事な資質だと言います。
たとえばアイロンの掛かっていないヨレヨレの制服やワイシャツ姿で職務質問をしても、対象になめられ、仕事になりません。「靴をキチンと磨かない警察官は、かなりの高確率で、警察手帳をなくす警察官」との指摘もあります。警察官の服装はすべて借り受けた備品ですから、その管理がいい加減であることは、身の破滅を招くのです。
警察官に「国の警察官」と「都道府県の警察官」があったように、警察にも国の機関と都道府県の機関があります。国の機関は「国家公安員会」と「警察庁」、都道府県の組織は「都道府県公安委員会」と「都道府県警察」です。
実際の事件や事故は「現場で起きている」ので、都道府県警察署がすべての案件を担当します。採用が別々であったことに象徴されるように、都道府県の警察が「47の独立した会社」として地域の治安に取り組むわけです。
「警察文化は都道府県すべてで違う」と断ったうえで古野氏は、ドラマでおなじみの「ショカツ」という言葉を使ったことは「たぶんない」と振り返っています。警察本部と警察署の関係も、警察庁と都道府県警察の関係も、「本店と所轄」のようなシンプルな図式でとらえられるものではなく、もっと複雑で微妙なところが大きいからです。
薄暗い部屋に電気スタンド、タバコ、カツ丼。登場するのは大声による威嚇派と人情による泣き落とし派というステレオタイプのイメージは、一体どこから来たのでしょうか。
ドラマに出てくる「ベタなドラマ表現」の研究書『なぜ取り調べにはカツ丼が出るのか?』中町綾子(メディアファクトリー)では、「取調室のカツ丼」は「お約束」の走りとして、私たちの新たなメンタリティを形づくる画期的な存在として扱われています。
取り調べシーンで初めてカツ丼を「採用」したのは、1955年公開の映画『警察日記』だと言われます。高度成長期以前の日本で、庶民にはご馳走の代表格だったカツ丼。当時はまだ貧乏ゆえ「やむにやまれず犯行に至る」犯人像も多く、同じ庶民である刑事が自腹で振舞う点に、「泣き落とし」の効果が芽生えたのです。
現実の事件では73年に東京都で起きた「吉展ちゃん誘拐殺人事件」の容疑者に自供を促した刑事・平塚八兵衛氏がカツ丼を振る舞ったと言われていますが、本人は自伝で否定しています。現在では「自白目的での利益供与」と疑われ、実際に減給などの処分にあった警察官もいるようです。
また、岡山県警察採用情報のホームページでは、「警察のホント・ウソ」というコーナーがあり、『取調べのとき、被疑者はカツ丼を食べさせてもらえるってホント?』という質問に対して『逮捕され、警察署等の留置施設に留置される被疑者は、留置施設内で食事を取るきまりになっています。取調べ室でカツ丼などの出前を取って被疑者に食事をさせることはありません。』と回答しています。実際に取り調べ室でカツ丼が振る舞われることはなさそうです。
警察官の第一歩は、警察学校から
「警察官になろう」と思ったことのある人ならご存じのように、警察官には「国の警察官」と「都道府県の警察官」があります。前者は国家公務員試験を、後者は都道府県の警察官採用試験を受験することになります。採用試験に合格すると、公務員/警察官としての身分を与えられ、最初に警察学校へ入ります。大卒では1年3か月、高卒では1年9か月の研修期間は、一般企業と比べると、とても長いですね。この間に警察官としてのスキルやメンタリティが磨かれるわけです。研修生は、ずっと警察学校にこもりっきりということはありません。たとえば大卒では、最初の6か月は、警察学校での基礎的教養(初任教養)。次の3か月は、警察署での職場教養(職場実習)。次の2か月は、警察学校でのフィードバック教養(初任補修)。最後の4か月は、警察署でのOJT教養(実践実習)というステップを踏みます。
「教養」といっても、座学だけではなく、「術科」「教練」「各種訓練」「体育」などが用意されています。「術科」で学ぶのは、柔剣道、逮捕術、拳銃。例えば柔剣道であれば、どちらかの初段をとることが卒業要件になり、とれるまでみっちり訓練してもらえます。「教練」は、警察官として必要な動作を学ぶもの。「気をつけ。休め。右向け右」の個人技から始まり、分隊や小隊としての動作、部隊活動などのチームワーク技に入っていきます。「各種訓練」には、救急法や水難救助、機動隊訓練など、さまざまなものが用意されています。
警察官の制服がいつもピシッとしている理由
警察学校の本質を、警察大学校主任教授の経験も持つ古野氏は、「通過儀礼」とみなしています。「社会人としての自覚を持たせる」「組織人としての自覚を持たせる」「公務員としての自覚を持たせる」というと一般的ですが、警察官の場合、それが自分の命に直結する。だから、警察の特殊なカルチャーに早くなじみ、「シャバっ気」を抜くことが、本人にも社会にも重要なのです。入校当初は外出・外泊が禁止される警察学校の中では、カリキュラム以外にもいろいろなタスクやルールが課せられます。
制服にアイロンを掛ける。ボタンを縫いつける。靴をピカピカに磨いておく。寮室を徹底して掃除しておく。ベッドメイクは決められた形に整える。これらの日常管理を基本中の基本として、大きな声で挨拶をしたり、チームでレポートを仕上げたりする以外にも、「廊下の曲がり方、歩く姿勢、制帽の被り方に至るまで」ルールがあるというのです。
こうしたルールの一つひとつは理不尽でくだらないことだが、意味があるから続いているのだ、と古野氏は強調します。そして、その意味を自分で理解することこそ、「正義感」や「勧善懲悪」「人助け」の次に警察官にとって大事な資質だと言います。
たとえばアイロンの掛かっていないヨレヨレの制服やワイシャツ姿で職務質問をしても、対象になめられ、仕事になりません。「靴をキチンと磨かない警察官は、かなりの高確率で、警察手帳をなくす警察官」との指摘もあります。警察官の服装はすべて借り受けた備品ですから、その管理がいい加減であることは、身の破滅を招くのです。
「ショカツ」は、ドラマの用語?
「形から入る」通過儀礼が終わると、時に不眠不休、時に命のリスクを覚悟して職務執行する「公務員」の第一歩が始まります。国家公務員試験を受けて警察庁に採用された「キャリア組」の人たちはいわば「警察官僚」ですが、通過儀礼は同様に用意されています。4か月の研修を警察大学校で受講後、1年間都道府県警察で実務経験。その後、警察大学校へ戻り、1か月の研修後に警部に昇進して、初めて本格的なスタートを切るのです。警察官に「国の警察官」と「都道府県の警察官」があったように、警察にも国の機関と都道府県の機関があります。国の機関は「国家公安員会」と「警察庁」、都道府県の組織は「都道府県公安委員会」と「都道府県警察」です。
実際の事件や事故は「現場で起きている」ので、都道府県警察署がすべての案件を担当します。採用が別々であったことに象徴されるように、都道府県の警察が「47の独立した会社」として地域の治安に取り組むわけです。
「警察文化は都道府県すべてで違う」と断ったうえで古野氏は、ドラマでおなじみの「ショカツ」という言葉を使ったことは「たぶんない」と振り返っています。警察本部と警察署の関係も、警察庁と都道府県警察の関係も、「本店と所轄」のようなシンプルな図式でとらえられるものではなく、もっと複雑で微妙なところが大きいからです。
取り調べにカツ丼は本当に出るのか?
ドラマついでに、取り調べシーンについても考えておきましょう。薄暗い部屋に電気スタンド、タバコ、カツ丼。登場するのは大声による威嚇派と人情による泣き落とし派というステレオタイプのイメージは、一体どこから来たのでしょうか。
ドラマに出てくる「ベタなドラマ表現」の研究書『なぜ取り調べにはカツ丼が出るのか?』中町綾子(メディアファクトリー)では、「取調室のカツ丼」は「お約束」の走りとして、私たちの新たなメンタリティを形づくる画期的な存在として扱われています。
取り調べシーンで初めてカツ丼を「採用」したのは、1955年公開の映画『警察日記』だと言われます。高度成長期以前の日本で、庶民にはご馳走の代表格だったカツ丼。当時はまだ貧乏ゆえ「やむにやまれず犯行に至る」犯人像も多く、同じ庶民である刑事が自腹で振舞う点に、「泣き落とし」の効果が芽生えたのです。
現実の事件では73年に東京都で起きた「吉展ちゃん誘拐殺人事件」の容疑者に自供を促した刑事・平塚八兵衛氏がカツ丼を振る舞ったと言われていますが、本人は自伝で否定しています。現在では「自白目的での利益供与」と疑われ、実際に減給などの処分にあった警察官もいるようです。
また、岡山県警察採用情報のホームページでは、「警察のホント・ウソ」というコーナーがあり、『取調べのとき、被疑者はカツ丼を食べさせてもらえるってホント?』という質問に対して『逮捕され、警察署等の留置施設に留置される被疑者は、留置施設内で食事を取るきまりになっています。取調べ室でカツ丼などの出前を取って被疑者に食事をさせることはありません。』と回答しています。実際に取り調べ室でカツ丼が振る舞われることはなさそうです。
<参考サイト>
・『警察手帳』(古野まほろ著、新潮新書)
・『なぜ取り調べにはカツ丼が出るのか?』(中町綾子著、メディアファクトリー)
・岡山県警察 採用情報
http://www.pref.okayama.jp/kenkei/keimu/keimu/saiyou/03/03.html
・『警察手帳』(古野まほろ著、新潮新書)
・『なぜ取り調べにはカツ丼が出るのか?』(中町綾子著、メディアファクトリー)
・岡山県警察 採用情報
http://www.pref.okayama.jp/kenkei/keimu/keimu/saiyou/03/03.html
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