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DATE/ 2018.06.30

「リカレント教育」で増える人生の選択肢

 いま、「リカレント教育」が注目されています。リカレント教育とは、時期や年齢にかかわらず、いつでも本人が望めば学ぶことのできる教育システム。18歳人口が減り、高齢人口の拡大した現代では、大学生き残りの戦略として注目を集め、2017年12月に発表された安倍内閣の「人づくり革命」の施策の一つにもなっています。

10MTVの人気講師の一人、経済学者で学習院大学国際社会科学部教授の伊藤元重氏は、リカレント教育による生涯にわたる学び直しを、「子供が勉強しすぎ、大人が働きすぎて、高齢になるとやることのない状況が待つ」という堺屋太一氏の問題提起に対する解決策ととらえています。

 「人生3段ロケット」の教えとは

 伊藤氏は、アメリカ留学中の23歳の若き日、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)に恩師を訪ねた際、プロフェッサーだった森嶋通夫氏と偶然話を交わした体験を語ります。

 学者修行中の伊藤氏に対して、「学者の人生は3段ロケットだよ」と森嶋氏。20代・30代の成果で満足して終わるのでなく、そこを切り離して次に進むことが学者の生涯を輝かせる。40代や50代、60代になっても「自分のロケット(それまでの業績)を切り離す」勇気を持てるかどうかが重要だ、と教え諭されました。

 戦後、日本における近代経済学研究の中心として広く世界に名を轟かせる存在だった森嶋氏が大阪大学教授の地位を捨てて渡英されたのは1968年、45歳の頃。その後も「最もノーベル賞に近い日本人経済学者」として研究を続け、志を常に高めていった森嶋氏の言葉は、伊藤氏の心にずっと残っていました。

大学「出たっきり」では、ビジネス社会で生き残れない

 森嶋氏が話したのは学者人生のことでしたが、高等教育機関への進学率が8割を超えた現在では一般の人にも当てはまると伊藤氏は考えています。

 北欧では、高校を卒業した後、すぐに大学へ進学する人もいれば、一旦どこかの会社で働いて、問題意識のはっきりする30歳前後で大学で学びなおす人も多いとのこと。また、アメリカのロースクールやビジネススクールでは、実務経験を非常に重視します。どんな経験を積み上げ、いかなる問題意識を持っているかということが高度な学びには欠かせないからです。

 高校卒業後、ストレートに大学に入り、その後はもう勉強には見向きもしないという姿勢は、高度にスキルの発展した現代のビジネス社会を生き抜くためには、必ずしも良策とは言えないということです。

「老後の楽しみ」を倍増させる大学の役割

 さらに伊藤氏は、リカレント教育に対して、もう一つ、重要な意味合いを見いだしています。それは、一言でいうと高齢者の知的生活を支えること。たとえば美術史や音楽などについて、社会人になってから大学で本格的に勉強しておくと、その先の人生がゆたかになることは計り知れないほどです。

 また、65歳や70歳を迎えてもまだまだ元気で、仕事一辺倒ではない人生のゆたかさを楽しみたい方にも、大学で歴史を学びなおすことを伊藤氏は推奨します。若者との議論もできれば、自分の経験も語り聞かせることができ、可能なら本の一冊でも書いてみる。そのようなことのできる場として今後大学の役割が大きく変貌すると同時に、より地域のコミュニティに密着したかたちで介護施設や病院などとの連携が大学には求められていくでしょう。
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