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DATE/ 2018.07.09

スポーツビジネスをドリームジョブにする「最強の教科書」

「TOKYO 2020」に問われるスポーツビジネスの真価

 2013年9月7日、東京のほぼ対蹠点に位置するアルゼンチン・ブエノスアイレスで開催された国際オリンピック委員会(IOC)総会で、ジャック・ロゲIOC会長(当時)の「トウキョウ」の一声とともに「TOKYO 2020」とだけ書かれた真っ白なカードが裏返された瞬間、2020年オリンピック・パラリンピックの開催地が東京に決定し、招致関係者と日本中のサポーターが大きな歓声に包まれました。

 現地会場にいた招致関係者の中に、2013年より内閣官房参与、内閣官房東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会推進本部事務局長を務める、平田竹男氏もいました。平田氏は、2020年東京オリンピック・パラリンピックが決まった瞬間、「今こそ日本のスポーツビジネスの真価が問われる」と感じたといいます。

スポーツビジネスのエキスパートによる「最強の教科書」

 平田氏は、スポーツビジネスを「ドリームジョブ」だといいます。なぜなら、スポーツビジネスのことを「仕事として自分の大好きなことに携わることができ、しかも仕事を通じて何らかの形で人々に感動を与え、国境を越え人々の人生に影響を与えることができる特殊なもの」だと考えて、進めているからです。

 平田氏は1982年通商産業省(現経済産業省)入省し、在ブラジル日本大使館一等書記官、通商政策局資金協力室長等を歴任。その間、プロリーグ化検討委員会に参加して、Jリーグ発足に尽力し、日本サッカー協会国際委員としてワールドカップ日本招致にも携わった人物です。その後、資源エネルギー庁石油天然ガス課長を最後に退官した後、日本サッカー協会専務理事に就任し、なでしこジャパン誕生や女子サッカー、フットサルの普及にも努めました。

 2006年からは早稲田大学大学院スポーツ科学研究科教授に就任し、スポーツビジネスをテーマに研究や後進の育成、現役アスリートの知的強化も行っています。その平田氏が、多くの人がスポーツビジネスの全体像をつかめるようにとまとめた一冊が、『スポーツビジネス 最強の教科書』です。

 2017年に刊行された『スポーツビジネス 最強の教科書〔第2版〕』は5部構成になっており、さらに章ごとに米4大スポーツリーグや欧州サッカー、プロ野球やJリーグ、テニス・卓球・ゴルフなどの個人競技、その他メディアとの取り組みやスポンサーシップ、またスポーツメーカーや国、国際政治との関わりなど、スポーツに関わるあらゆるテーマに分かれ、多層的に網羅されています。

スポーツメディアとスポーツマーケティング

 さて、「スポーツの世界は、常に現在進行形」と平田氏が述べているように、スポーツをとりまく現実は日々絶え間なく変化し続けています。例えば、第4部「スポーツメディアとスポーツマーケティング」の第10章「スポーツとテレビ」を読むと、オリンピックやFIFAワールドカップの放映権ビジネスが、回を追うたび高騰していることやワールドワイドな規模感が把握できます。

 ちなみに直近のオリンピックである2014年ソチ大会と2016年のリオデジャネイロ大会合わせての日本での放映権料は360億円で、前回より35億円値上がりしています。同様にFIFAワールドカップの日本での放映権料は、2014年ブラジル大会で400億円の過去最高金額で、こちらは前回より150億円も高騰しています。これらのことから、オリンピックやFIFAワールドカップの開催規模や中継スケールがいかに大きいのか、そして注目度が広まっていることがよくわかります。

 『スポーツビジネス 最強の教科書』の初版は2012年に発行されていますが、第2版である本書が発行された2017年の約5年間だけを見ても、様々な変化がありました。同じく4部の第11章「スポーツとネット映像ビジネス」は、第2版で新たに書き加えられました。

 YouTubeなどの「動画共有」とNetflixなどの「動画配信」に大別されるネット映像メディアの集約性と多様性は、今後スポーツビジネスともさらに関わりが深くなり、大きな成長が見込まれると推察されます。また、2016年のリオデジャネイロ・オリンピックにおいて、ほとんど地上波放送されなかった競技もすべてNHKの特設サイトでネット配信された事例などは、マイナースポーツの新たな露出や普及の可能性を示唆しています。

スポーツビジネスの真価がもたらす共生社会

 平田氏のスポーツビジネスの論理的支柱に、「トリプルミッション理論」があります。それは「勝利」「普及」「資金」のトリプルミッションの好循環を達成し、さらにその上で経営の方向性を示す「理念」を軸に捉えることが重要だということです。このトリプルミッションが、スポーツに関わるすべての人に共通して必要となる、基本の視座だと述べています。

 そして「パラリンピックの成功こそ、2020年東京大会の成功」と、平田氏はWebマガジンでのインタビューの中で述べています。これは、単なる期間中のパラリンピックの盛り上がりやその閉会式までの安心安全な運営のことを指しているわけではありません。氏のまなざしは、その先にあるもっと大切なものを見つめているということです。それは次のようなことです。

 パラリンピックによるトリプルミッションの好循環によって、日本社会の環境とそこに生活する人々の心に変化をもたらすこと。日本があらゆる人の多様性を受け入れる国になること。すべての人がお互いを気遣い合い助け合う、いわゆる心の「バリアフリー」を実現した共生社会を築き上げること。

 「それを実現してこそ、真の意味で私の仕事が『成就』したことになると思います」と熱く語る平田氏。それはまさにドリームジョブが花開く、スポーツビジネスの真価が発揮された社会なのです。

<参考文献・サイト>
・『スポーツビジネス 最強の教科書〔第2版〕』(平田竹男著、東洋経済新報社)
https://store.toyokeizai.net/books/9784492522011/
・Career Groove「東京オリンピック・パラリンピックを成功させよ!“スポーツビジネス”で世界を獲りにいく男」
https://cg.moppy-baito.com/%E5%B9%B3%E7%94%B0%E7%AB%B9%E7%94%B7/

<関連サイト>
・早稲田大学スポーツ科学学術院・平田竹男研究室
http://www.waseda.jp/sem-hirata/index.html
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