テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
会員登録 テンミニッツTVとは
社会人向け教養サービス 『テンミニッツTV』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2019.03.07

ビジネスシーンで「マスク」はマナー違反なのか?

 2019年2月上旬、青森県むつ市が「窓口の職員に対し、特段の事情がない限りマスクを着けず接するよう求めている」という朝日新聞の報道がありました。記事によると「不快な印象を与えない」ための窓口対応改革の一つで、体調が悪い職員には「窓口対応をさせない」「自宅で休ませる」ことを徹底した上で「ノーマスク」を推進しているとのこと。

 しかし、ツイッターなどでは、インフルエンザ流行時期はやめたほうがいいのでは」「花粉症の人がかわいそう」などといった批判の声もでています。実際のところ、「マスク対応」はマナー違反なのでしょうか、ここで少し考えてみましょう。

ノーマスク対応の理由

 市役所としては、窓口で市民と接する際にマスクをしていると「表情が見えづらく不快な印象を与えかねない」「会話が聞き取りづらくなって説明の内容が十分に伝わらない恐れがある」という点をこういった対応の理由としています。

 また、市民サービス推進監の坂野かづみ市民課長によると、窓口に訪れたひとには本人確認のためにマスクを外してもらうこともあることから、「市民にマスクを外すよう求めながら、こちらがマスクをして対応するのはどんなものかとも考えた」とのこと。実際にはアレルギーや健康上の理由、業務上必要な場合も踏まえ、一律にマスク着用を禁止しているわけではないそうです。

ネット上ではネガティブな反応が大半

 一方ネット上の反応としては、「健康管理の観点からも予備的にマスクはさせるべき」「発症に気付かない職員から感染させる可能性もある」「私は花粉症なので『同調圧力』は絶対にやめて欲しい」といった意見もあります。

 また、ねとらぼ調査隊 Social Insightの調査によるとネット上に朝日新聞の記事がでた昼頃には「マスクなし対応」に対するツイートが大きく盛り上がり、そのうちの97%がネガティブな反応だったそうです。

マスクの予防効果はあるのか

 少し丁寧に考えてみましょう。そもそもマスクでインフルエンザは予防できるのでしょうか。自治医科大学さいたま医療センターによると、マスクだけで風邪やインフルエンザのウイルスを確実に遮断することはできないとのこと。ただし、そういった患者の近くで看病するなど、咳やくしゃみのしぶきを直接浴びる可能性がある場合には予防効果があるそうです。

 また、風邪やインフルエンザの患者は1回の咳で約10万個、1回のくしゃみで約200万個のウイルスを放出し、これらはしぶきによって周囲に拡散するそうです。つまりマスクをすることによって周囲の汚染を減少させることができます。一方、日常生活においてはマスクを着けてもインフルエンザにかかりにくくなるというデータはない、とする記事もあります。しかし、マスクをせずに咳やくしゃみをする人を目の当たりにすれば、やはり不快感が伴います。少なくとも、相手がマスクをしているということの安心感もあるように思われます。

マナーよりも環境作りではないか

 この件に関しては、タイミングのまずさはあったかと思います。むつ市に対して朝日新聞からの取材があったのは1月17日時点。その後、24日にむつ保健所からインフルエンザの警報が発令されているので、記事が公開されたのはインフルエンザに対する警戒意識が最大の時と言ってもいいでしょう。このタイミングで「マスクなし対応します」ではやはり、一般の人の不安を煽ることになったことは否めないでしょう。

 こういったことから、問題の核心は「不安」にあるように思われます。まずは、マスクをしなくてもしっかりと安全を確保できている、という安心感を与えることが先決ではないでしょうか。体調の優れない担当者を休ませることはもちろん、役所の庁舎が本格的に衛生対策を行い、インフルエンザや風邪の予防には万全を期しているという保証があれば、ここは安全な場所だと思えるかもしれません。安全な環境でマスクをしている人がいれば、花粉症なのだな、という理解も得られるはずです。このためにも、庁舎内では湿度と温度の管理し、体調の悪い職員は休める環境を整えているということを市民に周知するといった対策がまず考えられます。

 たしかに役所や官公庁は税金で動いているので、贅沢な環境にはできないかもしれません。ただ多くの人が集う場であることから衛生環境には特段の注意を払う必要はあると思われます。また、同時に市民の安全の模範となるような環境や組織作りをすることも、大きな意味があるのではないでしょうか。こういった状況があればマナーうんぬんといった話はならないように思います。そのためにコストがかかるとしても、自分たちの役割を、ポリシーをもってアピールしていくことで、理解は得られるように思います。

大切なことは寛容さではないか

 また、こういったことは官公庁に限らず、一般社会でもいえるでしょう。まずは、いつでも休める環境があり、仕事を休んでもなにも言われないような環境があることが大前提かもしれません。つまり、問題はマナー云々ではなく、社会の安心感であるように思われます。少し大きな話かもしれませんが、マナーにこだわる最近の風潮にはやや息苦しさも感じます。マナーが喧伝されると、自由は制限され他者に対しても厳しい目を向けることになりかねません。人と一緒に働いている以上、迷惑はかけあって当然だと考えてはどうでしょうか。

 だからこそマナーとして「せめて丁寧に」というくらいの気持ちを持つことの方が大事であるように思います。つまり、大切なのはマナーよりも「寛容さ」ではないでしょうか。

<参考サイト>
・朝日新聞:あえて「マスクなし対応」好評 市役所、風邪の職員は…
https://www.asahi.com/articles/ASM1S63VKM1SUBNB014.html
・ねとらぼ:むつ市の窓口「マスクなし対応」にネットで批判の声 担当者「必要な人はマスク着用している」と弁明
http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1902/06/news081.html
・自治医科大学付属さいたま医療センター:マスクの効果と正しい使用方法
https://www.jichi.ac.jp/center/sinryoka/kansen/taisaku_04.html
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
自分を豊かにする“教養の自己投資”始めてみませんか?
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,500本以上。 『テンミニッツTV』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

単なる不況に非ず…破壊規模は「台風か気候変動か?」

単なる不況に非ず…破壊規模は「台風か気候変動か?」

[深掘り]世界を壊すトランプ関税(2)米国の自爆と中国の思惑

トランプ政権が発表した関税政策は、世界を大きな混乱に落とし込んでいる。はたして、トランプ大統領の「動機」や「思考」の淵源とはいかなるものなのか。そして世界はどうなってしまうのか。

島田晴雄先生には、...
収録日:2025/04/15
追加日:2025/04/26
2

危機の10年…2つのサイクルが初交差する2020年代の意味

危機の10年…2つのサイクルが初交差する2020年代の意味

トランプ2.0~アメリカ第一主義の逆襲(2)交差する2つのサイクル

アメリカには、80年周期の制度サイクルと50年周期の社会経済サイクルがあり、その2つの周期が初めて重なるのが2020年代なのだ。「危機の10年」ともいわれており、そのタイミングで始動したトランプ第二次政権。その動きの舵取り...
収録日:2025/03/21
追加日:2025/04/26
東秀敏
米国安全保障企画研究員
3

共生への道…ジョン・ロールズが説く「合理性と道理性」

共生への道…ジョン・ロールズが説く「合理性と道理性」

危機のデモクラシー…公共哲学から考える(5)共存・共生のための理性

フェイクが含まれた情報や陰謀論が跋扈する一方、多様性が尊重されるようになり多元化する人々の価値観。そうした現代社会で、いかにして私たちはともに公共性を保って生きていけるのか。多様でありながらいかに共存・共生でき...
収録日:2024/09/11
追加日:2025/04/25
齋藤純一
早稲田大学政治経済学術院政治経済学部教授
4

『風と共に去りぬ』で表現されたアイルランド移民の精神史

『風と共に去りぬ』で表現されたアイルランド移民の精神史

アメリカの理念と本質(5)アメリカのアイルランド問題

アイルランド本国で始まったアングロ・サクソンからの差別は大西洋を越えても消えず、逆にアメリカへ移民するアイルランド人たちに不撓不屈の精神を植え付けた。名作『風と共に去りぬ』には、その姿がビビッドに描かれている。...
収録日:2024/06/14
追加日:2024/09/17
中西輝政
京都大学名誉教授
5

水にビジネスチャンス!?水道事業に官民連携の可能性

水にビジネスチャンス!?水道事業に官民連携の可能性

水から考える「持続可能」な未来(8)人材育成と水道事業の課題

日本企業の水資源に関するリスク開示の現状はどうなっているか。革新的な「超越人材」を生み育てるために必要な心構えとは何か。老朽化する水道インフラの更新について、海外のように日本も水道事業に民間資本が入る可能性はあ...
収録日:2024/09/14
追加日:2025/04/24
沖大幹
東京大学大学院工学系研究科 教授