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DATE/ 2019.03.19

良い睡眠をとるために知っておきたいこと

 近頃、「よく眠れない」「寝つきが悪い」など、睡眠に関する悩みを抱えている人が増えているようです。枕やアロマ製品など、快眠をサポートするグッズも販売されていますが、まずは「睡眠」について理解を深めてみましょう。

脳には睡眠に関する3つの中枢系がある

 名古屋大学大学院医学系研究科教授の尾崎紀夫氏によれば、脳には睡眠に関連して3つの中枢系、「睡眠系」「覚醒系」「リズム系」があるのだそうです。疲れたら休むように指令を出すのが睡眠系、危険が迫ったら目を覚まさせるのが覚醒系、夜になるとからだを休めるように、また十分休んだら覚醒を促す、いわば体内時計を整えるのがリズム系、と考えれば良いでしょう。この3つめの系の存在は、比較的最近の研究で明らかになりました。

 こうした系の存在とそれぞれの働きが解明されるに伴い、睡眠を整える薬もさまざまに開発されてきました。

 たとえば、カフェインは「睡眠系」の働きをブロックします。「コーヒーを眠気覚ましに飲む」といったことをしている方も多いでしょう。「覚醒系」の働きを促進する物質の一つにヒスタミンがあります。花粉症の薬を飲むと強烈に眠くなるのは、アレルギー症状を抑えるために入っている抗ヒスタミン剤が、覚醒系の働きをブロックしているからなのです。そのほか、「リズム系」を促進するのがメラトニンという脳内物質。メラトニンは海外旅行の際の時差ぼけ防止のサプリメントなどで、目にするようになりました。

 このような3つの系の働きの特徴と、どんな物質がどのように作用するかの研究が進んでおり、さまざまな薬が開発されているので、睡眠の悩みを抱えている人には朗報といえます。

「睡眠時間8時間がベスト」には根拠はない

 しかし、すぐに薬に頼ってしまうよりも、まず睡眠についての知識を深めることも大切です。よく「理想の睡眠時間は8時間」と言われますが、ある調査の結果、この「睡眠8時間説」には根拠のないことが分かりました。

 これは、電灯や電子機器もないようないわゆる近代文明とはかけ離れた生活をしている南アメリカとアフリカの部族に調査した結果ですが、彼らは日没後ある程度の時間を経てから就寝し、夜明け前に起床するという睡眠リズムで、睡眠時間は大体6~7時間でした。

 実は、2004年に北海道大学が発表した睡眠と寿命の関係に関する調査の結果でも、長命な人の睡眠時間が「6~7時間」となっているのです。したがって、今まで私たちが何度も聞かされてきた「8時間睡眠がベスト」という説は根拠がなく、やみくもに睡眠の長さを問題にする必要はないということなのです。

睡眠時間には年齢や季節などさまざまな要因が影響する

 そもそも、睡眠時間は年齢とともに減ってきます。「赤ちゃんは寝るのが仕事」と言われたり、幼児がたっぷりお昼寝の時間をとることからも分かるように、若いほどよく眠り年をとるほど減ってくる。これがごく自然なことなのです。特に年を取ってくると、記憶の整理や定着に密接に関係する「深い睡眠」の時間が減ってきます。こう聞くと、なかなか一続きに寝られずすぐに目が覚めてしまう、昨日覚えたこともすぐに忘れてしまう、などといったことも、ごく自然なこととして納得せざるを得ないようです。

 また、睡眠は季節にも関係します。日本の場合、7~8月は最も睡眠時間が短い傾向にあるので、この時期、眠れないからといって「不眠症だから」と安易に睡眠導入剤などに手を伸ばすのは避けたいもの。そのほか、女性は生理周期が睡眠に関係することもあるため、一度自分の体と睡眠の関係を観察してみるのもよいかもしれません。

 「眠れない」は深刻な悩みです。ですが、あまり悩みすぎたり薬に頼ったりする前に、ひとまず「理想の睡眠時間」のような思いこみを捨てて、自分なりの、季節なりの睡眠パターンを把握することが大事なのではないでしょうか。
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