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DATE/ 2019.11.02

日本に渡ったホモサピエンス、3万年前の大航海

黒潮を越えて日本列島へ渡ったホモサピエンスがいた

 人類はアフリカにいたホモサピエンスが、環境に適応しつつ大移動をして世界中に拡散した、というのが人類史の定説になっています。アジア、ヨーロッパ等各地域の旧人、原人と置き換わって現代のホモサピエンスだけの世界に至ったのです。

 日本にも大陸からはるばる渡ってきたホモサピエンスが、約3万8000年前に北海道ルート、対馬ルート、沖縄ルートの3つを通って入ってきたことが分かっています。この中の沖縄ルート、つまり台湾から与那国島へ実際にどのようにして渡ったのか。この謎の解明に挑んだのが、国立科学博物館人類研究部人類史研究グループ長の海部陽介氏が率いる「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」です。

 実はこのルートは常識的に考えても非常に困難を伴うルートでした。なぜなら、沖縄は小さな島で台湾からは遠くて目視できません。加えて、世界最大級の海流・黒潮を乗り越える必要がありました。しかし、海部氏は難しいからこそ敢えてこのルートに挑みました。しかも、当時使ったと思われる道具を使って、当時と同じ材料、技術を用いて、3万年前と同じ舟をつくり海を渡ろうと計画したのです。もちろん、海図もGPSのような機能も一切無し。このプロジェクトが「徹底再現」と言われる所以です。

草束舟、竹筏舟-失敗続きの舟づくり

 まずは舟の材料の選択です。海部氏らは、縄文時代に丸木舟が存在していたことから、この技術を超えてはならない、ということで2016年に草の束で舟をつくって航海を試みました。しかし、これは失敗に終わります。草束舟は浮力は十分なのですが、スピードが出ず流されやすいため、変動し続ける海流を越えるのは難しいことが分かったのです。

 次に材料として選ばれたのが東南アジアで豊富に見られる竹でした。竹を筏(いかだ)のように組んだのですが、これも草束舟同様、スピードが出ず黒潮を前に断念せざるを得ませんでした。

 しかし、仮説ではなく実際に舟をつくって海に繰り出すことで、それぞれの舟の特徴が分かり、遠い島を目指すにはどんな舟がいいのかということが、根拠を持って把握できるようになったのです。

三度目の正直、丸木舟で航海に成功

 草はだめ、竹の舟も難しいとなった時、浮上したのが丸木舟でした。丸木舟は元来縄文の技術であるため、当初はこの案に海部氏も抵抗があったと言います。しかし、その問題を解決したのが、「刃部磨製石斧(じんぶませいせきふ)」という石器でした。旧石器時代から日本列島に存在するこの石斧で丸木舟をつくることができれば、縄文以前でも丸木舟を利用したことが立証でき、がぜん航海の実現性が増してくるからです。

 そこで、実際にこの旧石器、石斧を使って海部チームは木を倒し、くり抜き、丸木舟をついに完成。そして、この丸木舟で見事2019年7月、台湾から与那国島への航海を成功させたのです。プロジェクトの準備に3年、試行錯誤に3年を費やした上でのことでした。

 地図もコンパスも時計も持たず、星や太陽の位置で方角を判断しながらの航海は困難の連続でした。海流は刻々と変化をするため、途中はらはらする場面にも遭遇したそうです。海部氏自身はエンジン付きの船で丸木舟に伴走したのですが、丸木舟チームに手は貸せない、情報も与えられないという非常に辛い役目だったと振り返ります。

 ですが、こうしたさまざまな困難を乗り越えて、「日本にホモサピエンスはどのようにして渡ったのか」という人類史のブラックボックスの1つが、ふたを開けてみせたのでした。

太古から人類が受け継いできた冒険心

 この「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」は、人類史の謎に迫る大変ロマンに満ちたプロジェクトです。しかし、そもそもホモサピエンスはアフリカから地図も便利な器具も、大した情報も持たずに、世界中に広まっていきました。

 また、台湾から沖縄に舟を送り出した人々は、第一陣の航海が成功したのか失敗したのかを知る術を持っていません。「戻ってこないということは、どこか新しい土地にたどりついたのか。あるいは、途中で海に消えてしまったのか」。大きな疑問と不安を抱えて、それでも人々は次々と未知に向かって漕ぎ出しました。

 人類には、未知なるものへ強くひかれる、そんなDNAが備わっているようです。「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」は、私たちが旧石器時代からの冒険心、探求心を受け継いでいることを証明したともいえるでしょう。
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
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橋爪大三郎
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今井むつみ
一般社団法人今井むつみ教育研究所代表理事 慶應義塾大学名誉教授