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DATE/ 2024.09.09

「違和感を感じる」は誤用?正しい日本語の使い方

 「違和感を感じる」「馬から落馬する」「後で後悔する」「被害を被る」「犯罪を犯す」「頭痛が痛い」「必ず必要」「返事を返す」…。これらの表現にあなたは「違和感を感じる」でしょうか?

 上記のような「同じ意味の語を重ねた言い方」は、「重言(じゅうごん/じゅうげん)」と呼ばれています。

「違和感を感じる」は誤用ではない!しかし…

 「重言」は誤用といえるのでしょうか。

 “言葉のプロ”ともいえるベテラン校閲者で、朝日新聞メディアプロダクション校閲事業部長の前田安正氏は『ヤバいほど日本語知らないんだけど』において、「重言は間違いではありません」と述べつつも、「やはり通常避けた方がいい用例です。話し言葉ではスッと通っても書き言葉にすると違和感があるものなどもあります。言葉の意味を理解して使うようにしましょう」と呼びかけています。

 ちなみに前田氏は「違和感を感じる」の言い換え・書き換えとして、「違和感がある」もしくは「違和感を持つ」としています。また、以下のような「重言」の例も挙げています。

 【重言の言い換え・書き換え】
×「いまだ未解決だ」→○「未解決のままだ」「未だ解決されないままだ」
(※「いまだ」は漢字で書くと「未だ」)
×「あらかじめ予告する」→○「予告する」
(※「あらかじめ」を漢字で書くと「予め」)
×「過半数を超える」→○「半数を超える」「過半数になる」
(※過半数は、半数を超えること)
×「一番最初に着いた」→○「最初に着いた」「一番に着いた」
(※強調するときには使う場合もあるが、「一番」と「最初」は同じ意味)
×「射程距離に入る」→○「射程内に入る」
(※「程」は「距離」の意味)
×「昨夜以来の雨があがった」→○「夜来の雨があがった」
(※「夜来」は、「昨夜以来」の意味)
×「まず先にあいさつしよう」→○「まずあいさつしよう」
(※「まず」は漢字で書くと「先ず」)
×「満天の星空」→○「満天の星」
(※「天」は「空」の意味)
×「満面の笑顔」→○「満面の笑み」
(※「面」は「顔」の意味)
×「状況を楽観視する」→○「状況を楽観する」
(※「観」と「視」は、共に「みる」という意味)
×「飛行機の離発着」→○「飛行機の発着」「飛行機の離着陸」
(※「離」と「発」は、ともに「はなれる」という意味)
×「血痕の跡が残っていた」→○「血の跡が残っていた」「血痕が残っていた」
(※「痕」は、「跡」の意味)
×「アンケート調査」→○「アンケート」「調査」
(※「アンケート」は「調査」の意味)

日本文学「重言」あるある

 「重言」はいつ頃から、どんなかたちで広まっていったのでしょうか。

 話し言葉についての古い資料はどうしても音声や映像を記録できる近現代以降のものになっていますが、書き言葉については何冊かでも古典文学をひもといてみると、いろいろな箇所から「重言」の片鱗をうかがうことができます。

 例えば、小説・戯曲の著述家兼歴史考証家の綿谷雪は『言語遊戯の系譜』で「重言」について、「必ずしも新しいものでなく、平安朝文学以来その所例ある」とし、江戸後期の国学者・喜多村信節の随筆『瓦礫雑考(がれきざっこう)』から、『伊勢物語』(いとまめにじちようにて;「まめに」にも「じちよう」にも「実直」の意味が含まれる)、『源氏物語』(おくれ先立つ道の道理)、『枕草子』(明日も御いとまのひまに)、『四季物語』(雪のふぶき)などの「重言」の事例を紹介しています。

 また綿谷は、江戸後期の国学者・斎藤彦麿の『翟巣漫筆(てきそうまんぴつ)』巻三十に挙げられた、以下の「重言」を列挙しています。

 町内(ちょうない)うち、時分(じぶん)どき、闇(くら)やみ、唐物(とうぶつ)もの、宝珠の球、神事の事、蓮根の根、阿迦の水、好物もの、日日(ひじつ)を定める、書面(しょめん)づら、豌豆まめ、珠数の珠、怪談ばなし、田夫野人な人、文庫ぐら、博打うち、都合合(つごうあい)、巻紙の紙、御左様さま。

 さらに綿谷は明治25年に出刊された『道楽全書之内』の巻頭に掲載された番付【重言競】を以下のように翻刻し、「すべて当時の実用語中から、“重言”といい得る用法の言葉を取り上げたもので、案外その語数の多いのに驚かされる」とも述べています。

 番付【重言競】
行司:月夜の晩、見てごらん、明朝早朝
勤進元:学問を学ぶ、五戒の戒め
《東》
大関:後で後悔
関脇:何月の月
小結:旧暦の暦
前頭:1.一時間の間、2.珍物もの、3.夫婦二人、4.一所の所、5.五色の色、6.人は上人、7.面長な面(かお)、8.五桐ぎり、9.急ぐ急用、10.半紙の紙、11.白髪の髪、12.御神酒の酒、13.迷子の子、14.入札を入る、15.古いむかし、16.鉄道の道、17.遠い遠国、18.干物もの、19.上へ上る、20.山家の家
《西》
大関:理解の解
関脇:何日(いつか)の日
小結:何歳の年
前頭:1.一言の言葉、2.上品な品、3.幾人の人、4.別れて別々、5.金絲の絲、6.偏人な人、7.いゝ別嬪、8.紅葉の紅葉(こうよう)、9.廻文を廻す、10.木の葉ッぱ、11.船の船頭、12.燈明の明り、13.実子の子、14.落札が落る、15.今の当世風、16.馬車の車、17.近い近所、18.唐物もの、19.下へ下る、20.寺の寺内
(※「前頭」の1.~20.は、東西の対をわかりやすくするための便宜上ナンバリング)

よりよい日本語の使い方を求めて

 「重言」はなぜ生まれ、どうして広まっていくのでしょうか。

 言語の用例であるため一つの理由に集約することは困難ですが、加茂正一は『国語学辞典』で「重言」を「意義的消化の不十分な漢語や外国語などの使用をあえてしようとすることから起る」と解説しています。

 ただし、前田氏の言葉を先述したように、「重言」は間違いや誤用ではありません。しかし、無自覚に乱用してもよいというものでも、もちろんありません。やはりここでも前田氏が述べているように、言葉の意味を理解して使う基本的かつ重要な態度が求められます。

 一方、「我々」「泣き泣き」「またまた」「はやばや」「知らず知らず」などの、同じ単語または語根を重ねて一語とした複合語である「畳語(じょうご)」や、「歌を歌う」「舞を舞う」などの「同族目的語」は避ける必要はありません。さらに「サイエンスの科学」「ケミストリーの化学」など、明瞭を期するためにあえて説明つきとして使うといった場合もあります。

 また、「重言」から生まれた言語遊戯的な言い回しも多数あり、狂言や文学作品などにその妙が生かされている例もあります。豊饒なる言語文化があるのだからこそ、話し言葉としても耳に心地好く、書き言葉としても読みやすく、なによりも誤解されずに正しく伝わるよりよい日本語の使い方が求められます。

<参考文献>
・「重言」『デジタル大辞泉』(小学館)
・「重言」『日本国語大辞典』(小学館)
・『ヤバいほど日本語知らないんだけど』(前田安正著、朝日新聞出版)
・『言語遊戯の系譜』(綿谷雪著、青蛙房)
・「斎藤彦麿」『世界大百科事典』(平凡社)
・「重言」『国語学辞典』(加茂正一著、国語学会編、東京堂出版)
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