社会人向け教養サービス 『テンミニッツTV』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
『おやときどきこども』書評│末井昭
『おやときどきこども』(鳥羽和久・著)
文・末井昭(編集者・作家)
著者の鳥羽和久さんは、福岡市中央区唐人町にある「唐人町寺子屋」という小・中・高の生徒を対象にした学習塾の塾長であり、単位制高校「航空高校唐人町」の校長でもあります。
「唐人町寺子屋」のホームページを見ると、いきなり「よい大学に行けばよい就職ができる。そしてそのあとにはよい人生が待っている。」そんな青写真を描くことができる時代は過ぎました―と、学習塾とは思えないようなことが書かれています。
しかし、そのことは子どもたちが敏感に感じ取っていることであり、「その確信は大人世代よりもはるかに大きいものです。」とも書かれています。もちろん学習塾ですから、子どもたちが希望する大学へ進学できるよう指導するのが目的ですが、「よい学校に行きなさい」という旧態依然の進路指導は、子どもたちに受け入れられません。子どもたちが学習に興味や楽しみを持つにはどうすればいいのか、悩んでいる子どもの原因はなんなのか、それを知るため、鳥羽さんは子どもたちの心に(ときには親の心にも)入り込んでいきます。「子どもの心に踏み込むときはいつも不安な気持ちです」と書いているように、それは非常にデリケートなことです。
ある中学生の男の子が、仲良しだった男の子をいじめていると女の子2人から聞いて、鳥羽さんはその男の子の家に電話します。電話に出たのはその子の父親だったのですが、父親に話すのはよい結果にならないと判断し、その子を出してもらい直接話します。こういうとき、まず保護者に話を通さなければならないと考える指導者が多いけど、子ども一人ひとりの生存について考えたとき、そういう一律の対応がかえって足枷になることがあると、鳥羽さんは言います。
電話に出たその子に、鳥羽さんは女の子たちから聞いた事実を、具体的に話します。それが、事実の詳細を知っているからごまかせないというメッセージになって、その子が嘘をつけなくなります。嘘が入ると本音で話すことができません。
話を進めていく上で大事なことは、その子を決して断罪しないということです。いじめの情報を伝えてくれた女の子たちも、責めるようなことはひとつも言わなかったこと、逆に何かあったのではないかと心配していることを伝え、その子を安心させ、彼女たちを保護します。こうして注意深く、相手の気持ちになって、本音で話していくことでその子も心を開いて、自分が悪かったことを認めていきます。
次に、いじめられたほうの男の子にも電話して、怪我などなかったか確認します。このとき、彼を「いじめられっ子」として扱わないことが肝心です。「いじめられっ子」というレッテルを貼ることを注意深く避け、彼が自分を否定的に規定せずに済むようにします。「いじめっ子」の場合も同様です。
おそらく、いじめがなくならないのは、鳥羽さんのような形で子どもと接する指導者がいないからでしょう。いじめがひとまず収まったとしても、いじめの芽は残ったままだからです。「いじめを減らしていくには、いじめに向き合うというよりは、子ども一人ひとりの心と向き合うことが欠かせません。」と、鳥羽さんは断言しています。
僕はまだ親になったことがありません。だから客観的にしか理解できないのですけど、鳥羽さんがこの本の中で言っている、非常に重要だと思われることに、「意志と責任」ということがあります。
子どもに対して、「がんばる意志(=やる気)を見せなさい。目標を持ちなさい」と迫る親は、子どもが意志や目標をなんとか無理やりに絞り出したとたんに、「自分でがんばるって言ったんでしょ!」とそれを表明した「責任」を子に取らせようと血眼になります。
意志を示そうとしない子どもを見て、親は「うちの子はやる気がない」と愚痴り、子どもは決まって無口になります。意志を示すと責められることを知った子どもが、次なる意志を持つことが果たしてできるでしょうか。
こうして親は、子どもが本来抱くはずだった未来への意志をあらかじめ抹殺します。子どもは自分の意志が踏みにじられたことがわからないので、意志が薄弱な自分をたよりなく感じて、自信を失っていきます。そして大人は自分の残酷さをいつまでも知ろうとしません。
この「意志を持ちなさい」のように、親が子どもに言っている「呪いの言葉」はたくさんあります。迂闊に言ってしまった言葉によって、地獄が始まります。どんな呪いの言葉があるのか、どう子どもと生活すればいいのか、そのヒントが『おやときどきこども』の中に詰まっています。
<著者紹介>
鳥羽和久(とば・かずひさ)
1976年、福岡県生まれ。学位は文学修士(日本文学・精神分析)。大学院在学中に中学生40名を集めて学習塾を開業。現在は、株式会社寺子屋ネット福岡代表取締役、唐人町寺子屋塾長、及び単位制高校「航空高校唐人町」校長として、小中高生(150余名)の学習指導に携わる。教室の1Fには書店「とらきつね」があり、主催する各種イベントの企画や運営、独自商品の開発等を行う。著書に『親子の手帖』(鳥影社)など。
鳥羽和久(とば・かずひさ)
1976年、福岡県生まれ。学位は文学修士(日本文学・精神分析)。大学院在学中に中学生40名を集めて学習塾を開業。現在は、株式会社寺子屋ネット福岡代表取締役、唐人町寺子屋塾長、及び単位制高校「航空高校唐人町」校長として、小中高生(150余名)の学習指導に携わる。教室の1Fには書店「とらきつね」があり、主催する各種イベントの企画や運営、独自商品の開発等を行う。著書に『親子の手帖』(鳥影社)など。
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
物知りもいいけど知的な教養人も“あり”だと思います。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,400本以上。
『テンミニッツTV』 で人気の教養講義をご紹介します。
シニアの雇用、正規・非正規の格差…日本の労働市場の問題
第2の人生を明るくする労働市場改革(1)日本の労働市場が抱える問題
日本人のライフコースとして「3ステージ(教育・仕事・引退)の人生」とよくいわれているが、長寿化が進み「人生100年時代」と呼ばれる現在、長くなった3つ目のステージとともに、これまでの日本的な労働慣行も見直すべき時期を...
収録日:2024/08/03
追加日:2025/02/07
日本凋落の「7つの要因」と「10の復活大戦略」
2025年、どん底日本を脱却する大戦略(1)日本が凋落した要因を総覧する
かねて島田晴雄先生は「40年周期説」を述べてこられた。1865年頃は、幕末の動乱期のどん底。そこから40年を経た1905年は、日本が日露戦争に勝利した年。しかし1945年に、日本は第二次世界大戦の敗戦で再びどん底に。1985年は日...
収録日:2025/01/21
追加日:2025/02/06
生成AIの利活用に格差…世界の導入事情と日本の現状
生成AI「Round 2」への向き合い方(1)生成AI導入の現在地
日進月歩の進化を遂げている生成AIは、私たちの生活や仕事の欠かせないパートナーになりつつある。企業における生成AI技術の利用に焦点をあてる今シリーズ。まずは世界的な生成AIの導入事情から、日本の現在地を確認しよう。(...
収録日:2024/11/05
追加日:2024/12/24
蔦重も手掛けた、江戸のコミック本「黄表紙」とは
「江戸のメディア王」蔦屋重三郎の生涯(5)時流に乗り才能を見出す蔦重の手腕
吉原に店を持つという地の利を生かして出版界に台頭した蔦屋重三郎。彼は具体的にどのような出版物を扱っていったのだろうか。「版本」や「黄表紙」といった、当時の流行書籍に目をつけ、そこに資金を注ぎ込み才能ある書き手を...
収録日:2024/11/06
追加日:2025/02/06
「コンプライアンス=法令遵守」ではない…実例が示す本質
本質から考えるコンプライアンスと内部統制(1)「法令遵守」でリスクは管理できない
ビジネスに関わる者であれば必ず耳にしたことがあるであろう「コンプライアンス」という言葉。一般的には「法令遵守」と訳されることが多いが、そのような理解ではその本質を見落としてしまう。2019年のリクナビ事件とかんぽ生...
収録日:2023/01/16
追加日:2023/05/03