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DATE/ 2020.08.17

『おやときどきこども』書評│末井昭

『おやときどきこども』(鳥羽和久・著)

文・末井昭(編集者・作家)

 著者の鳥羽和久さんは、福岡市中央区唐人町にある「唐人町寺子屋」という小・中・高の生徒を対象にした学習塾の塾長であり、単位制高校「航空高校唐人町」の校長でもあります。

 「唐人町寺子屋」のホームページを見ると、いきなり「よい大学に行けばよい就職ができる。そしてそのあとにはよい人生が待っている。」そんな青写真を描くことができる時代は過ぎました―と、学習塾とは思えないようなことが書かれています。

 しかし、そのことは子どもたちが敏感に感じ取っていることであり、「その確信は大人世代よりもはるかに大きいものです。」とも書かれています。もちろん学習塾ですから、子どもたちが希望する大学へ進学できるよう指導するのが目的ですが、「よい学校に行きなさい」という旧態依然の進路指導は、子どもたちに受け入れられません。子どもたちが学習に興味や楽しみを持つにはどうすればいいのか、悩んでいる子どもの原因はなんなのか、それを知るため、鳥羽さんは子どもたちの心に(ときには親の心にも)入り込んでいきます。「子どもの心に踏み込むときはいつも不安な気持ちです」と書いているように、それは非常にデリケートなことです。

 ある中学生の男の子が、仲良しだった男の子をいじめていると女の子2人から聞いて、鳥羽さんはその男の子の家に電話します。電話に出たのはその子の父親だったのですが、父親に話すのはよい結果にならないと判断し、その子を出してもらい直接話します。こういうとき、まず保護者に話を通さなければならないと考える指導者が多いけど、子ども一人ひとりの生存について考えたとき、そういう一律の対応がかえって足枷になることがあると、鳥羽さんは言います。

 電話に出たその子に、鳥羽さんは女の子たちから聞いた事実を、具体的に話します。それが、事実の詳細を知っているからごまかせないというメッセージになって、その子が嘘をつけなくなります。嘘が入ると本音で話すことができません。

 話を進めていく上で大事なことは、その子を決して断罪しないということです。いじめの情報を伝えてくれた女の子たちも、責めるようなことはひとつも言わなかったこと、逆に何かあったのではないかと心配していることを伝え、その子を安心させ、彼女たちを保護します。こうして注意深く、相手の気持ちになって、本音で話していくことでその子も心を開いて、自分が悪かったことを認めていきます。

 次に、いじめられたほうの男の子にも電話して、怪我などなかったか確認します。このとき、彼を「いじめられっ子」として扱わないことが肝心です。「いじめられっ子」というレッテルを貼ることを注意深く避け、彼が自分を否定的に規定せずに済むようにします。「いじめっ子」の場合も同様です。

 おそらく、いじめがなくならないのは、鳥羽さんのような形で子どもと接する指導者がいないからでしょう。いじめがひとまず収まったとしても、いじめの芽は残ったままだからです。「いじめを減らしていくには、いじめに向き合うというよりは、子ども一人ひとりの心と向き合うことが欠かせません。」と、鳥羽さんは断言しています。

 僕はまだ親になったことがありません。だから客観的にしか理解できないのですけど、鳥羽さんがこの本の中で言っている、非常に重要だと思われることに、「意志と責任」ということがあります。

 子どもに対して、「がんばる意志(=やる気)を見せなさい。目標を持ちなさい」と迫る親は、子どもが意志や目標をなんとか無理やりに絞り出したとたんに、「自分でがんばるって言ったんでしょ!」とそれを表明した「責任」を子に取らせようと血眼になります。

 意志を示そうとしない子どもを見て、親は「うちの子はやる気がない」と愚痴り、子どもは決まって無口になります。意志を示すと責められることを知った子どもが、次なる意志を持つことが果たしてできるでしょうか。

 こうして親は、子どもが本来抱くはずだった未来への意志をあらかじめ抹殺します。子どもは自分の意志が踏みにじられたことがわからないので、意志が薄弱な自分をたよりなく感じて、自信を失っていきます。そして大人は自分の残酷さをいつまでも知ろうとしません。

 この「意志を持ちなさい」のように、親が子どもに言っている「呪いの言葉」はたくさんあります。迂闊に言ってしまった言葉によって、地獄が始まります。どんな呪いの言葉があるのか、どう子どもと生活すればいいのか、そのヒントが『おやときどきこども』の中に詰まっています。

<著者紹介>
鳥羽和久(とば・かずひさ)
1976年、福岡県生まれ。学位は文学修士(日本文学・精神分析)。大学院在学中に中学生40名を集めて学習塾を開業。現在は、株式会社寺子屋ネット福岡代表取締役、唐人町寺子屋塾長、及び単位制高校「航空高校唐人町」校長として、小中高生(150余名)の学習指導に携わる。教室の1Fには書店「とらきつね」があり、主催する各種イベントの企画や運営、独自商品の開発等を行う。著書に『親子の手帖』(鳥影社)など。

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