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DATE/ 2022.02.10

マルチメッセンジャー天文学から迫る「新しい宇宙の姿」

 2022年1月18日「直径1キロメートルの小惑星が地球に最接近」というニュースが話題になりました。直撃はないものの、映画のようなシチュエーションに、わくわくした人も、ちょっとハラハラした人もいるかもしれません。NASAによると「潜在的な危険」のあるとされるこの小惑星は、地球から約200万キロメートルの位置を通過したそうです。

 では、地球から約200万キロメートルとはどのくらいの距離なのでしょうか。じつは地球から月までの距離を5倍したくらいです。「思っていたより遠いな」と思いませんか。けれど、宇宙の規模から見たとき、地球から月の距離も、太陽系全体の大きさも、ほとんど違いがありません。東北大学大学院理学研究科天文学専攻准教授・田中雅臣先生の著書『マルチメッセンジャー天文学が捉えた新しい宇宙の姿 宇宙の物質の起源に迫る』(ブルーバックス)には、こんな一文が出て来ます。

《銀河系が日本くらいの大きさだとすると、太陽の大きさは(中略)1マイクロメートルです。人間の髪の毛がおよそ100マイクロメートルですので、太陽の大きさは髪の毛の幅の100分の1ぐらいに相当します。》

 髪の毛の100分の1の太陽。そのまわりをぐるぐると回る、さらに小さな星である地球。その横を通り過ぎていった小惑星に、ハラハラドキドキするもっと小さな人類。そんな小さなわたしたち人類が、途方もなく巨大で広大な宇宙の謎を、「マルチメッセンジャー天文学」という新しい天文学によって、少しずつ解き明かそうとしています。今回は、田中先生の著書を足がかりに、そんなマルチメッセンジャー天文学への扉を叩いてみましょう。

宇宙から届くあらゆるシグナルを読み解く

 本書のテーマである「マルチメッセンジャー」とは、そもそも何なのでしょうか。「マルチ」とは「複数の」「いくつものものが合わさった」という意味があります。「メッセンジャー」とは「伝達するもの」のこと。では、宇宙からどんなメッセージが地球に届いているのでしょうか。

 田中先生は、本書の「まえがき」で《天文学は今大きな変革期を迎えています》と語り、次のように続けます。

《古くから人類は、宇宙からやってくる様々なシグナルを観測することで、宇宙の歴史や成り立ちを理解してきました。20世紀まで、このシグナルとして主に使われていたのは「光」、すなわち「電磁波」でした。》

 空に輝く星を肉眼で観察し、時代が進むと望遠鏡といったさらに遠くを見ることのできる器具が誕生します。目に見える光は「可視光」と呼ばれるものですが、20世紀に入ると目に見えない光──赤外線、電波、X線といったさまざまな波長の電磁波を捉えることが可能になりました。宇宙に飛び交う電磁波のほとんどは、人の目には見えないものです。これにより、天文学はさらに進化していきます。

 そして近年、《私たちは宇宙からやってくる「重力波」や「ニュートリノ」など、光以外のシグナルも駆使して宇宙を研究できるようになっています》と、田中先生は続けます。こうしたさまざまな電磁波や重力波、ニュートリノなど、宇宙からやってくる「シグナル」は、宇宙からさまざまな用法を伝達する「メッセンジャー」です。つまり、この多様なシグナルでもって宇宙を読み解く天文学が、「マルチメッセンジャー天文学」なのです。

ブラックホールと超新星爆発

 人の目に見える光というのは、電磁波のなかのほんの一部にしかすぎません。光だけでは、その光が熱いのか冷たいのかもわかりませんが、X線の観測によってそれがわかります。たとえば、宇宙にある天体のなかで、“熱い天体”は何でしょうか。本書のなかで、田中先生は《最も有名なのは、X線での天文観測における主役の一人であるブラックホールです》と紹介しています。ブラックホールといえば、光さえも吸い込んでしまう天体で、そのため肉眼での観測ができません。それがまさかとても“熱い天体”だなんて、想像もしなかったことかもしれませんね。

 ブラックホールと同時に、マルチメッセンジャー天文学の主役といえる天体が「超新星爆発」です。超新星爆発とは、星が一生の最期に起こす大爆発のこと。その爆発の大きさから、超新星爆発を起こした星がブラックホールを生み出すとも考えられています(ちなみに、太陽の場合は質量が軽いため、火星の軌道までを飲み込むほど巨大化したあと、爆発はせず、白色矮星という残骸を残して一生を終えます)。

 “爆発”というからには、一気にいろいろな元素やエネルギーが宇宙空間にまき散らされそうですが、まさに爆発によって飛ばされてきた電磁波やX線などを捉えることで、超新星爆発の研究が進んでいるのです。本書では、超新星爆発のみならず、ガンマ線バースト、中性子星合体など、宇宙空間で起こるさまざまな爆発から、どんなメッセージが地球に到達しているのか、そこから宇宙のどんな姿が浮かび上がるのかを紹介しています。

マルチメッセンジャー観測を成功させた超新星

 また、本書の読みどころの一つといえるのが、マルチメッセンジャー天文学の実例です。とくにドラマチックなのは、マルチメッセンジャー観測がはじめて成功した超新星爆発でしょう。

 観測対象となったのは、「SN 1987A」と呼ばれているものです。この星は、わたしたちの住む「天の川銀河」のおとなりの銀河「大マゼラン雲」にあります。これが、1987年2月に突然強い光を放ちはじめたのです。これがマルチメッセンジャー観測を成功させた初の超新星爆発でした。

《肉眼で見えるほどの超新星が観測されたのは、1604年にヨハネス・ケプラーが観測した銀河系内の「ケプラーの超新星」以来ですので、383年ぶりの大ニュースでした。》

 田中先生はそう語ります。この大ニュースに世界中の研究機関が動き出し、それぞれの国や地域の研究者たちが約400年ぶりの超新星に注目しました。日本の研究機関でこの恩恵を受けたのは、ニュートリノ観測のために建設されたカミオカンデです。カミオカンデは、SN 1987Aの超新星が発見される約1か月前から稼働がはじまっていました。ニュートリノとは、「幽霊粒子」とも呼ばれ、観測が非常に難しい粒子です。これは、宇宙だけでなく、人の体からも生まれる不思議な粒子ですが、宇宙空間における超新星爆発などの爆発現象によってたくさん飛ばされてきます。つまり、SN 1987Aの爆発は奇跡的なタイミングで起こったのです。これはのちに、ニュートリノ観測によるノーベル物理学賞受賞にもつながります。

 可視光だけでなく、赤外線、電波、X線にニュートリノ。あらゆる方向から超新星爆発のデータがとられました。17世紀にケプラーが超新星を見つけたころ、可視光でしか見ることのできなかった宇宙の姿が、より立体的に、具体的に見えてきたのです。

壮大な時間をかけて読み解かれる天文学の世界

 SN 1987Aの観測について、田中先生は次のように語っています。

《大マゼラン雲は私たちから約15万光年離れています。つまり、超新星を出発したニュートリノと電磁波は15万年の長い旅をして届いたものです。例えば、もしニュートリノと電磁波の速度が1%異なるだけでも、その到達時間は1500年もずれてしまいます。つまり、超新星のマルチメッセンジャー観測は、ニュートリノの速度を検証するための15万年にも及ぶ(!)素晴らしい実験になっているのです。》

 人が文明を持つよりずっとずっと前、はるか昔に放たれた光が、途方もなく長い時間をかけて地球に届く。気が遠くなるようなスケールの話ですが、ケプラーが超新星を見つけ、現在もそのことが語られるように、マルチメッセンジャー観測によって得られた経験は、後世へと受け継がれていきます。10年後、50年後、100年後、いまの天文学は未来の人たちの目にどう写るのでしょうか。

 過去と未来が交差するような壮大な星々の世界と、それを解き明かそうとする天文学。その最前線に、本書を通してぜひ触れてみてください。

<参考文献>
『マルチメッセンジャー天文学が捉えた新しい宇宙の姿 宇宙の物質の起源に迫る』(田中雅臣著、ブルーバックス)
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000358569

<参考サイト>
東北大学天文学教室のホームページ
https://www.astr.tohoku.ac.jp/index.html

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テンミニッツTV編集部
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