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DATE/ 2022.05.23

「駅から徒歩○分」の基準ってなに?

 物件探しにおいて「駅から徒歩○分か」をポイントに探す人は多いでしょう。しかし物件情報でよく見るこの表記、いったい何を基準にして計測されているかご存じでしょうか。

 時間内に目的地に着かないことも多く、筆者は「不動産屋さんが適当に歩いた時間かな」などとぼんやり思っていたのですが、調べてみると、実は距離や計測方法には明確な基準がキチンと定められていることが分かりました。

 今回はこの「駅から徒歩○分」の基準について解説していきます。

「徒歩1分=80m」。ハイヒールを履いた女性の歩く速さが基準

 そもそも歩くスピードは人それぞれ。男性か女性か、高齢者か子どもか、どんな靴を履いているのかでも変わってきます。とはいえ徒歩圏内かどうかで物件を決める人は多いですから、徒歩による所要時間は重要な検討材料のひとつです。

 そこで不動産業界では表記を統一するため、共通ルールとして『不動産の表示に関する公正競争規約』という規約を定めています。

 この規約によると

“徒歩による所要時間は、道路距離80メートルにつき1分間を要するものとして算出した数値を表示すること。この場合において、1分未満の端数が生じたときは、1分として算出すること。(「物件の内容・取引条件に係る表示基準」より抜粋)”

 とあります。つまり徒歩1分は80m(分速80m)とし、端数が出た場合は切り上げるということ。たとえば駅から物件までの距離が700mだった場合、700÷80=8.75分、切り上げて「徒歩9分」という表示になるというわけです。端数を切り上げるので、どんなに駅に近くても「徒歩0分」という表記は間違い(徒歩1分となる)ということになります。

 そして距離とは「道路距離」のことで、直線距離ではなくあくまで実際に歩く道の長さを示します。交通量の事情により横断歩道がなく、歩道橋や地下道を通らざるをえない場合は、そのルートでの所要時間を表記しなければなりません。

 では、なぜ分速80mが基準となったのでしょうか。

 規定が制定されたのは1963年のこと。当時業界内ではわかりやすく徒歩1分=100mとする案が検討されていました。

 しかしこれに対し、規定制定の担当者だった鈴木深雪さんという女性が

「100mを徒歩1分というのは、現実からかけ離れている。女性にも適用できる基準にすべき」

 と反対。そこで自分が所持している靴の中でもっとも歩きにくいハイヒールを履いて歩いた平均の分数を計測したら毎分80.3mであることが判明したので、「徒歩1分=80m」を基準とすることを提案しました。

 鈴木さんの案は研究でも理にかなっていることが裏付けられたため、「徒歩1分を80mにすること」が定められ、現在まで引き継がれるようになったのです。

本当に現実的?「徒歩○分」の落とし穴

 ハイヒールを履いた女性の歩く速さが基準なら、成人男性が歩けば実際の所要時間はもう少し短くなりそう……と感じられますが、実はこの分速80m、現代人はかなり早足に感じられるそう。そもそも実際に歩いてみると表記よりも時間がかかった、というパターンは少なくありません。

 実は徒歩の所要時間の計算にはいくつか決まりがあり、そのせいで実際の所要時間と“ズレ”が生じてしまっているのです。

 ここで2点、「徒歩○分」の見方のポイントを抑えておきましょう。

【注意1】信号・踏切・坂道・階段の有無は考慮されない

 所要時間は地図上の道路距離から算出されていますが、信号待ちや踏切待ち、坂道など、歩行の障害となる箇所は所要時間に含まれません。この点は大いに注意が必要です。

 スタッフが昔住んでいたマンションは物件表示で「徒歩7分」となっていましたが、実際は山あり谷ありの坂道ばかりだったのでだいたいの所要時間は徒歩10分、雪が降って坂道が凍り付いた日などは15分以上かかったそうです。

 周辺環境や交通事情などは、実際に歩いてみないと分からないことがたくさんあります。自分の足で体感しておくことは大切なのです。

【注意2】起点・着点は、最も近い「敷地内の位置」

 もうひとつ注意しなければならないのが、算出する道路距離の起点と着点(出発地と目的地)です。ついドアtoドアで考えがちですが、実際は物件と駅、それぞれの「敷地」の一番近い位置同士をつなげた距離となっています。

 たとえばマンションなどの集合住宅の場合、玄関(エントランス)ではなく、そのマンションの敷地の端っこが起点となります。団地のように、居住棟から敷地の入口が離れている場合でも、居住棟~敷地の入口までの距離は考慮されないのです。

 駅の場合も、起点は改札口ではなく「駅舎の出入口」であることに要注意。特に新宿駅や渋谷駅といった大きな駅は階段も多く、出入口から改札まで相当な距離を歩く場合があります。通勤・通学時間を考える時は、駅構内の広さやラッシュアワーの混雑具合なども考慮しておくと、現実とのギャップを最小限に抑えられるでしょう。

「徒歩○分」表記は全くアテにならないというわけではありませんが、表記はあくまで目安と割り切り、実際の所要時間はプラス2~5分と考えたほうがよいかもしれません。

 物件探しの際は、ぜひ自分や家族と実際に歩いて確認してみてくださいね!

<参考サイト>
・不動産取引における公正競争規約とは(九州不動産公正取引協議会)
https://www.k-koutori.com/kiyaku/
・駅から徒歩◯分の基準は?速度やルートなどの条件をチェック(「公社の賃貸」神奈川県住宅供給公社)
https://www.kousha-chintai.com/blog/knowledge/walking-from-station.php
・“徒歩◯分”は正しい? 駅からの実際の所要時間を調べるには(LIFULL HOME'S)
https://www.homes.co.jp/cont/rent/rent_00226/
・チコちゃんが不動産広告の謎に迫る 「徒歩1分=80メートル」の元になった”鈴木深雪さん”とは(Sirabee)
https://sirabee.com/2021/05/08/20162572166/2/
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