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『クリエイターワンダーランド』が伝えるエンタメの現在地
近年、エンタメの世界では大きな変化が起こっています。変化の要因はYouTubeやスマホといったデジタルインフラの普及にあり、1995年以降に生まれたデジタルネイティブ世代であるZ世代は、これらのデジタルインフラを使いこなすことで、以前の世代とは明確に異なるエンタメ行動をとっていることがわかっています。
「好きなことで生きていく」というYouTubeのキャッチコピーはかなりインパクトがありましたが、それからしばらくたち、現在のエンタメはどんな状況になっているのでしょうか。そこで、今回紹介する書籍は、現代のさまざまなエンタメを網羅しながらそのキーポイントを分析、解説している『クリエイターワンダーランド 不思議の国のエンタメ革命とZ世代のダイナミックアイデンティティ』(中山淳雄著、日経BP)です。
著者の中山淳雄氏は自らを「エンタメ社会学者」と名乗ります。中山氏は1980年栃木県に生まれ、東京大学大学院を修了後、カナダに留学、数社で働いたのち起業。2016年からはブシロードインターナショナル社長となります。その後、大学の非常勤講師をする傍ら新たに起業したりコンサルティングをしたりしながら、経産省や内閣府などで政策アドバイザーとしても活動しています。
本書では、エンタメについて発祥のころから現代まで時代をさかのぼって検証しながら、最近の状況を多角的に、そして鋭く分析、解説しています。従来に比べて多様化、複雑化したエンタメを詳しくわかりやすくひも解いている書籍です。
例えば、ボーカロイドが挙げられます。歌い踊るキャラクターとして、特に初音ミクが有名です。コンピュータに自身が作った曲を歌わせるものですが、この表現がニコニコ動画にアップされたことで一気に拡がります。こうして、現在までにメジャーな場所で活躍するようになった米津玄師(ボカロ名はハチ)やYOASOBIのAyaseといったボカロP(ボーカロイドプロデューサー)が生まれました。
また、VTuberという存在も生まれています。これはYouTube上でアニメのように2Dもしくは3Dのアバターが動いて、演者たちが雑談したり歌を歌ったり、ゲームの実況をしたりとざさまざまな行動を取るものです。アニメと異なる点は、キャラクター設定に比べて演者の人格がかなり前面に出てくる点です。他にも『ちいかわ』や『おぱんちゅうさぎ』といった、イラストレーターがX (旧Twitter)に投稿したりLINEスタンプを販売したりすることから始まり、人気がでてアニメ化されるようなものも登場します。
さらに、「小説家になろう」に投稿された小説から「異世界もの」と呼ばれるものがKADOKAWAなどの出版社から書籍化され、アニメ化、ゲーム化されていくという流れもあります。特にこの現象の面白さについて、筆者は「投稿者にしても運営元のヒナプロジェクトにしても、1つの利益意思を持った主体ではない」「どこの資本傘下にも入らず、ただひたすらこの『なろう』という『砂場』で遊んでいる子供たちのようだ」と述べます。
実際にこうして脱アイデンティティ化して、メタバース上では美少女になる“おじさん”も多いそうです。「『愛される』という世界線において、美少女とネコは頂点に存在している」とのこと。愛されて大切にされるアバターになることで、中高年の男性も精神的なフィードバックを得ることができます。
ちなみに、日本はX(旧Twitter)においても、匿名のハンドルネームやサブアカウント数がダントツ世界一で、匿名VTuberの数も他国と比較になりません。この点について、筆者は「日本社会のリアルコミュニケーションにおける圧力の強さの裏返しとも言える」と述べ、「あまり統一的で許容度が低い『公』の空間から逃げ場をつくってきた」と言います。同時に、このことは「日本人のレジリエンス(しなやかに困難を乗り越える力・逞しさ)の高さを証明している」と評します。
これまで日本には、1億人を1つの塊とするようなファンタジーもしくは神話があったといえます。筆者はこれを表す言葉に「1億総中流」「1億総活躍」を挙げており、この1億人を束ねたのが「マスカルチャー」でした。こういった日本の状況を筆者は、アイデンティティの「コスプレ大国」であると言います。ここでは同調圧力が強く、「違い」は少しずつ封殺されていき、マイノリティはエラーとされてしまいました。
この状況にエンタメは救いを与えています。「米国で迫害を受けた黒人がブルー(憂鬱)な気分を歌ったものがブルース、教会でそれを希望に書き換えたゴスペル、富も地位もなかった黒人たちはスラングという言葉や音楽という文化的手段によって、自分たちの気分に限られた自由を与えてきた」と筆者は言います。つまり、彼らは文化の力によって、アイデンティティを取り戻してきたのです。
本書は現代的なあらゆる文化現象を現場感覚で捉えた上で、詳細な分析が行われています。同時に時系列をさかのぼって過去における類似の状況についても分析が加えられています。その上で、現代社会への批評と未来への期待が導き出される、という圧巻の内容です。さまざまな事象を通して、エンタメに宿る価値の普遍性に気づかせてくれる、貴重な一冊といえるでしょう。
「好きなことで生きていく」というYouTubeのキャッチコピーはかなりインパクトがありましたが、それからしばらくたち、現在のエンタメはどんな状況になっているのでしょうか。そこで、今回紹介する書籍は、現代のさまざまなエンタメを網羅しながらそのキーポイントを分析、解説している『クリエイターワンダーランド 不思議の国のエンタメ革命とZ世代のダイナミックアイデンティティ』(中山淳雄著、日経BP)です。
著者の中山淳雄氏は自らを「エンタメ社会学者」と名乗ります。中山氏は1980年栃木県に生まれ、東京大学大学院を修了後、カナダに留学、数社で働いたのち起業。2016年からはブシロードインターナショナル社長となります。その後、大学の非常勤講師をする傍ら新たに起業したりコンサルティングをしたりしながら、経産省や内閣府などで政策アドバイザーとしても活動しています。
本書では、エンタメについて発祥のころから現代まで時代をさかのぼって検証しながら、最近の状況を多角的に、そして鋭く分析、解説しています。従来に比べて多様化、複雑化したエンタメを詳しくわかりやすくひも解いている書籍です。
アップロードされて拡がる表現
表現したいことがあれば、その動画や音声などをインターネット上でスマホなどからいつでもどこでもアップロードできるようになったことで、さまざまな表現が生まれてきました。それについて、本書ではかなり多くの事例について触れられています。例えば、ボーカロイドが挙げられます。歌い踊るキャラクターとして、特に初音ミクが有名です。コンピュータに自身が作った曲を歌わせるものですが、この表現がニコニコ動画にアップされたことで一気に拡がります。こうして、現在までにメジャーな場所で活躍するようになった米津玄師(ボカロ名はハチ)やYOASOBIのAyaseといったボカロP(ボーカロイドプロデューサー)が生まれました。
また、VTuberという存在も生まれています。これはYouTube上でアニメのように2Dもしくは3Dのアバターが動いて、演者たちが雑談したり歌を歌ったり、ゲームの実況をしたりとざさまざまな行動を取るものです。アニメと異なる点は、キャラクター設定に比べて演者の人格がかなり前面に出てくる点です。他にも『ちいかわ』や『おぱんちゅうさぎ』といった、イラストレーターがX (旧Twitter)に投稿したりLINEスタンプを販売したりすることから始まり、人気がでてアニメ化されるようなものも登場します。
さらに、「小説家になろう」に投稿された小説から「異世界もの」と呼ばれるものがKADOKAWAなどの出版社から書籍化され、アニメ化、ゲーム化されていくという流れもあります。特にこの現象の面白さについて、筆者は「投稿者にしても運営元のヒナプロジェクトにしても、1つの利益意思を持った主体ではない」「どこの資本傘下にも入らず、ただひたすらこの『なろう』という『砂場』で遊んでいる子供たちのようだ」と述べます。
匿名性から生まれる日本人のレジリエンス
また日本では、ネット上における匿名での活動が特に多い点についても大きく触れられています。本書では旧来からの現実のアイデンティティを「一元的アイデンティティ」と呼び、選択可能なネット上のアイデンティティを「ダイナミックアイデンティティ」と呼びます。「ダイナミック」とは「動的」という意味です。ネット上では匿名をうまく操ることにより、自身のアイデンティティをさまざまな形に変えることが可能です。実際にこうして脱アイデンティティ化して、メタバース上では美少女になる“おじさん”も多いそうです。「『愛される』という世界線において、美少女とネコは頂点に存在している」とのこと。愛されて大切にされるアバターになることで、中高年の男性も精神的なフィードバックを得ることができます。
ちなみに、日本はX(旧Twitter)においても、匿名のハンドルネームやサブアカウント数がダントツ世界一で、匿名VTuberの数も他国と比較になりません。この点について、筆者は「日本社会のリアルコミュニケーションにおける圧力の強さの裏返しとも言える」と述べ、「あまり統一的で許容度が低い『公』の空間から逃げ場をつくってきた」と言います。同時に、このことは「日本人のレジリエンス(しなやかに困難を乗り越える力・逞しさ)の高さを証明している」と評します。
エンタメは「ウソの世界」で個人の自由なあり方を表現するもの
エンタメとは「その時、そのタイミングで人々の心の穴を埋めるもの」であり、「解決しがたいものを心理的に昇華し、折り合いをつけ、また前向きに進むための治療・回復行為」であると著者はいいます。これまで日本には、1億人を1つの塊とするようなファンタジーもしくは神話があったといえます。筆者はこれを表す言葉に「1億総中流」「1億総活躍」を挙げており、この1億人を束ねたのが「マスカルチャー」でした。こういった日本の状況を筆者は、アイデンティティの「コスプレ大国」であると言います。ここでは同調圧力が強く、「違い」は少しずつ封殺されていき、マイノリティはエラーとされてしまいました。
この状況にエンタメは救いを与えています。「米国で迫害を受けた黒人がブルー(憂鬱)な気分を歌ったものがブルース、教会でそれを希望に書き換えたゴスペル、富も地位もなかった黒人たちはスラングという言葉や音楽という文化的手段によって、自分たちの気分に限られた自由を与えてきた」と筆者は言います。つまり、彼らは文化の力によって、アイデンティティを取り戻してきたのです。
Z世代は未来を変えるかもしれない
筆者は最後に「アバターとハンドルネームを駆使しながら逞しく生きるZ世代が(過去の学生運動やロックバンドなどのように)『否定』したい過去とは、リアルな関係性で縛られつくした自由度のない世界そのものだったのではないか」といいます。このしなやかな反逆は、エンタメの革命を通して行われます。その担い手がZ世代です。この意味で、Z世代はこれまでの閉塞的な日本のあり方を変えるかもしれません。本書は現代的なあらゆる文化現象を現場感覚で捉えた上で、詳細な分析が行われています。同時に時系列をさかのぼって過去における類似の状況についても分析が加えられています。その上で、現代社会への批評と未来への期待が導き出される、という圧巻の内容です。さまざまな事象を通して、エンタメに宿る価値の普遍性に気づかせてくれる、貴重な一冊といえるでしょう。
<参考文献>
『クリエイターワンダーランド 不思議の国のエンタメ革命とZ世代のダイナミックアイデンティティ』(中山淳雄著、日経BP)
https://bookplus.nikkei.com/atcl/catalog/24/02/06/01254/
<参考サイト>
中山淳雄氏のTwitter(現X)
https://twitter.com/atsuonakayama
『クリエイターワンダーランド 不思議の国のエンタメ革命とZ世代のダイナミックアイデンティティ』(中山淳雄著、日経BP)
https://bookplus.nikkei.com/atcl/catalog/24/02/06/01254/
<参考サイト>
中山淳雄氏のTwitter(現X)
https://twitter.com/atsuonakayama
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