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DATE/ 2024.11.27

『ネット怪談の民俗学』が明らかにする現代の「怖い話」

 子どもの頃から誰もがどこかで触れてきた「怖い話」――それは、日本に限らず世界中で語られてきたものです。特に現代ではインターネット空間が発展し、あらゆるところであらゆる情報を発信できるようになったため、出所不明の「怖い話」もかなり多く語られています。この「怖い話」に関わるさまざまな状況を、民俗学の立場から整理、分析した書籍が『ネット怪談の民俗学』(廣田龍平著、ハヤカワ新書)です。

 著者の廣田龍平氏は1983年生まれ。法政大学や慶應義塾大学、成城大学などで非常勤講師をしながら研究を行う、文化人類学者であり民俗学者です。1996年、廣田氏が中学1年のとき、はじめてパソコンでインターネットに触れ、そこで神話伝説や妖怪、怪談に関する黎明期のウェブサイトに出会います。2001年ごろに2ちゃんねるを利用するようになってから、大学時代は入り浸っていたとのこと。他の著書に『〈怪奇的で不思議なもの〉の人類学: 妖怪研究の存在論的転回』(青土社)などがあります。

ネット怪談は民俗の一つ

 ネット怪談で有名なものに「きさらぎ駅」があります。2022年に映画化されたことから、知っている人も少なくないでしょう。とある深夜に女性が通勤電車に乗っていたところ、いつの間にか知らない路線を走っており、「きさらぎ駅」という駅にたどり着くところから始まります。そこでは携帯電話は通じますが、女性は自分がどこにいるのかわからない状態になっています。ようやく人を見つけて近くの駅まで送ってもらえることになりましたが、車は山に向かい、運転手の男も意味不明な言葉をつぶやきはじめ、その後の女性の行方を知るものはいない、というものです。

 これは、2004年1月8日の午後11時に、匿名掲示板2ちゃんねるのオカルト版にあるスレッドに投稿されました。「気のせいかもしれませんがよろしいですか?」という一文から始まったそうです。このスレッドは「身の回りで変なことが起こったら実況するスレ26」というもので、何か超常現象が起きたときにリアルタイムで報告する場です。ここで、次に投稿者(はすみと名乗る)は「先程から某私鉄に乗車しているのですが、様子がおかしいのです」と投稿し、以降十数分おきに書き込んでいきました。

 掲示板を見ている人は、投稿が重なるにつれてはすみの置かれている状況の異常さに気づきます。そして警告したり、110番を勧めたりする書き込みが増えていきます。つまり、はすみが異世界の泥沼にはまっていく様子を、2ちゃんねるの住人たちは歯がゆい思いをしながら想像することになりました。つまり、この話は掲示板を見ていた人たちと同時に進行していったのです。

 特定の人物によって表現、提示され完結するのが従来型の怪談です。しかし、「きさらぎ駅」は不特定の人々とのリアルタイムのやり取りの中で、共同的に構築されたものです。民俗学は「不特定少数(または多数)の人々が創り上げ、誰かの独占物になることなく、多くの人が手を加えつつ伝えてきたものを研究する学問」です。つまり、この「きさらぎ駅」のようなネット怪談はまさに民俗学的な研究対象であることがわかります。

2ちゃんねるの匿名性がネット怪談を発展させた

 このように、「きさらぎ駅」は2ちゃんねるにおいて、他の参加者とともに構築されたわけですが、このときの匿名性は大きな意味を持ちます。廣田氏は匿名性がネット怪談をどのように特徴づけしていたのか、という点について、「信頼性が低いこと」「投稿者の同一性を操作できること」「コピペが自由にできること」という3つのポイントをもとに考えています。

「信頼性の低さ」と「投稿者の同一性を操作できること」では民俗学者がかつて収集していた伝説の伝わり方とは大きく異なるといいます。昔の伝説は土地や人物、歴史と結びついていて来歴が不明ということはありません。一方で、オカルト板に書かれる内容は、一人の創作であってもそうでないように見せかけて投稿することが可能です。

 また、「コピペが自由にできること」については、コピーされる途中で要約されたり描写が加わったりするといったことによって、口承やうわさ話に近いとも言えそうです。こういった伝承方法は際限なく広がっていくことを可能にします。

 こうして2ちゃんねるの匿名性は、投稿しやすく(創作しやすく)するものとして働きました。この匿名性という性質により、2000年代初頭に広がった2ちゃんねるのオカルト板は、日本の怪談文化に大きな爪痕を残すことになりました。

ネット怪談は因習系から異世界系へ

 このように、民俗学で扱う題材としても大変興味深いネット怪談ですが、本書終盤において、最近では因習系(コトリバコなど)から異世界系(バックルームなど)へと移っているのではないか、という点が示されています。この背景にはまたさまざまな要素があるようですが、この辺りはぜひ本書を読んでみてください。

 ホラーや怪談は、信じるかどうかといった領域の話で、ネタとして楽しんできた人も多くいます。それでも、これまで人類の歴史に多大な影響を与えてきました。これがさらに現代ではインターネットという新たな環境によって、大きな発展を遂げています。これはかなり興味深い事象ではないでしょうか。

後半な視野で正確な情報に基づいて書かれている

 本書はこういった最先端の伝承の一形態に対して、民俗学という専門的な分野からメスといれています。また、すべて参考文献に基づいた記述がなされ、海外まで含めた広範な視野に基づいて分析されています。曖昧さによってその怖さを増幅させるネット怪談ですが、本書の中ではその根拠がとことん明らかにされています。

 しかし、決して難しくはありません。たいへん読みやすく、詳しくわかりやすく解説されています。こういった点でこれまでネット怪談やホラーに多く触れてきた人でも、また全く初めての人であっても、深い納得が訪れる一冊となっています。私たちを恐怖や不安に陥れる怪談が、どのような性質のものでどのように発生し、どのようにここまで広がってきたのか、本書を読まなければわからない情報が詰まっているのです。

<参考文献>
『ネット怪談の民俗学』(廣田龍平著、ハヤカワ新書)
https://www.hayakawa-online.co.jp/shop/g/g0000240033/

廣田龍平氏のX(旧Twitter)
https://x.com/ryhrt
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一般社団法人今井むつみ教育研究所代表理事 慶應義塾大学名誉教授