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DATE/ 2025.02.05

『チョコレートと日本人』に学ぶチョコレート文化と未来

 バレンタインデーにチョコレートをあげたりもらったりした経験のある人は多いでしょう。また、最近では、自分へのご褒美として高級チョコレートを買う人も増えています。外食をすればチョコレートケーキやチョコレートパフェはデザートの定番です。スーパーにはチョコレート菓子だけで一つのコーナーができるくらいにチョコレート菓子が並んでいます。こうみると、日本人とチョコレートの関係は、もはや切ってもきれないものであることが分かります。

 一方でその背景には、原材料であるカカオ豆生産現場での貧困問題や児童労働の問題などもあります。こういった問題に対しては、国際社会やこの業界に携わる企業やNPO、個人まで含めてもさまざまな活動を行っています。こういったチョコレートをめぐる状況を網羅して解説する本が『チョコレートと日本人』(市川歩美著、ハヤカワ新書)です。

 著者の市川歩美氏はチョコレートジャーナリストとして活躍しています。大学卒業後、民間放送局に入社し、その後はNHKでディレクターとして番組の企画や制作に携わってきました。日本国内やカカオの生産地などを取材しながら発信を続けています。現在では情報サイトやテレビ、ラジオなどさまざまなメディアで情報発信するほか、商品の監修や開発にも携わっています。他の著書としては、『味わい深くてためになる 教養としてのチョコレート』(三笠書房)があります。

バレンタインはどのように変化してきたのか

 日本ではチョコレートに対する年間支出の約23%が2月に集中し、さらに年間平均支出額の約3倍の金額が2月に消費されています。これはいうまでもなくバレンタインデーによるものです。1月半ばを過ぎると特別なチョコレートが次々に登場し、催事場によっては約一ヶ月で3000種以上のチョコレートが販売され、1日あたり平均1億円以上の売り上げを出す場合もあります。ではどのようにしてバレンタインデーは今のような形になったのでしょうか。

 バレンタインデーは、ローマ帝国で3世紀にキリスト教布教に尽力したバレンタイン司教に由来しています。彼は遠征兵士の結婚禁止ルールに背き、兵士の結婚を秘密裡に認めました。このことで彼は処刑されてしまいます。その後、処刑された2月14日が「St.Valentine’s Day(聖バレンタインの日)=愛の日」とされ、欧米に広がります。

 日本にバレンタインデーが入ってきたのは20世紀になってからです。1935年にMorozoff(モロゾフ)が英字新聞にバレンタインチョコレートの広告を出したのが日本で最初の記録です。その後1958年(昭和33年)にはメリーチョコレートカムパニー(メリー)が初めてバレンタインセールを開催します。この頃誕生した女性誌が取り上げることで、バレンタインはより知られていきました。ただし、この時にはまだ、チョコレートと相場が決まっていたわけではないようです。

「バレンタインデーは女性が愛する男性にチョコレートを贈る日」というスタイルが定着したのは、1970年代に入ってからです。その後1980年代に入ると、「本命チョコ」と「義理チョコ」の別が生まれます。ただし、気遣いで複数の男性に配ることになり、たいへんな思いをした女性も多かったようです。2018年2月にはついにゴディバが「日本は、義理チョコをやめよう」という新聞広告が日本経済新聞に掲載され、話題となりました。

 現在では、「誰かに贈る」から自分への「ご褒美」である「自分チョコ」としての役割が強くなっているようです。日本にはもともと「贈り物文化」や「お裾分け文化」がありました。また、百貨店がバレンタインを盛り上げたことでメディアも取り上げ、催事が拡大してきました。

 ちなみに、海外でもバレンタインデーにイベントがある国や地域もありますが、「2月14日に女性から男性へチョコレートを贈る」という慣わしでいえば、日本固有の風習といって良さそうです。

チョコレートを持続可能なものにする取り組み

 このように、日本はすでにチョコレート大国といっても過言ではありません。一方で、チョコレートがどこでどのように生み出されているのか、といった部分に関しては、あまり目が向いていないかもしれません。このあたりについても、本書の内容に少しだけ触れておきしょう。

 2024年時点で世界最大のカカオ生産国はコートジボワール、2位がガーナです。日本はチョコレートに使うカカオ全体の約7割から8割をガーナから輸入しています。ただし、ガーナのカカオ生産地ではカカオ農家の子どもが働かなくてはならない現状が続いています。こういった点についても、本書ではチョコレート販売会社やNPOで活動する人の報告が掲載されています。

 たとえば、NPO法人ACE副代表の白木朋子氏の報告では、子どもが単に労働させられるだけでなく、「産業のない地域で生まれた子どもは、最悪の場合、労働力としてカカオ農家へ売られてしまうことがある」という点にも触れられています。ACEは2023年に、活動地域で収穫されたカカオを100%使用したオリジナルミルクチョコレートを「アニダソ」として販売しました。このチョコレートを一枚購入するごとに自動的に500円がガーナのカカオ生産地の子どもたちへの支援金となる仕組みです。

 これはNPOの取り組みですが、現在ではチョコレートに関わるバイヤーやショコラティエをはじめ、さまざまな人や企業がカカオ生産地に赴いて現場の改善に努めたり、ときにカカオ生産者を日本のイベントに招くなどして交流を深めたりしています。本書後半ではこういった、さまざまな活動を通じて持続可能な社会を目指す取り組みが伝えられています。

チョコレートは人を虜にする

 ほかにも本書では、さまざまな高級チョコレートがどういった点で評価されているのか、ショコラティエたちが何をどう考えているのか、といった点も大変興味深く読むことができます。その一方で市販のチョコレートに関しても何がどのように受け止められているのか、どのように私たちの「好き」が変化してきたのかという点について触れられるなど、さまざまな側面からの気づきがあります。

 市川氏はもともと放送局のディレクターでしたが、「チョコ好き」と「伝えることが好き」がマッチングして、自然発生的に「チョコレートジャーナリスト」として活動するようになったそうです。

 チョコレートにはこのように、人を虜にするような魔力が宿っています。本書はそうした魅力あるチョコレートの世界、その舞台の表裏両面に深くアプローチする貴重な書籍です。すでにチョコレートの虜になっている人も、そうでない人も、ぜひ開いてみてください。過去、現在、未来にわたるチョコレートと日本人の結びつきが浮かび上がってくるはずです。

<参考文献>
『チョコレートと日本人』(市川歩美著、ハヤカワ新書)
https://www.hayakawa-online.co.jp/shop/g/g0000240035/

<参考サイト>
AYUMI ICHIKAWA OFFICIAL
https://www.chocolatlovers.net/

チョコレートジャーナリスト 市川歩美(AYUMI)氏のX(旧Twitter)
https://x.com/ayumisroom

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