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DATE/ 2025.03.27

『世界は誰かの正義でできている』が伝えるアフリカの現実

 アフリカの複数の地域ではいまでも紛争が続いており、そこには極度の貧困状態に陥っている人たちがいます。また、貧困であるがゆえに兵士になるしかなく、入った武装勢力の命令によりレイプを強要される人たちもいます。武装勢力において、レイプはコミュニティに恐怖や無力感を植え付ける武器として使われるのです。日本に住む私たちには実感がなく理解しづらいことですが、そうした紛争と貧困の連鎖は状況をさらに悪化させているということです。

 こういったアフリカの厳しい現状に関する記述から始まるのが、今回紹介する『世界は誰かの正義でできている アフリカで学んだ二元論に囚われない生き方』(原貫太著、KADOKAWA)です。本書のなかでは、著者がアフリカの地で支援活動を行いながら、その場で起きていること、現地の生活の様子などを詳細に語ります。同時に著者がなぜこういった活動の道に進んだのか、そこでの苦悩や葛藤についても詳細に記されています。

 著者の原貫太氏は1994年生まれです。早稲田大学文学部を卒業し、現在はフリーランス国際協力師という立場で情報を発信しています。原氏は大学在学中にアフリカ支援のNPO法人を設立しますが、卒業後に適応障害を発症して活動から退きます。その後、フリーランスとして現在では主にアフリカを中心に支援や情報発信などの活動をしています。他の著書には『あなたとSDGsをつなぐ「世界を正しく見る」習慣』(KADOKAWA)や『世界を無視しない大人になるために』などがあります。またYouTubeチャンネルの登録者数は本稿執筆時点(2025年3月)で33万人を超えています。

武装勢力は「自分たちの土地を守るため」に戦う

 本書の冒頭には、アフリカ・コンゴ東部の紛争地で武装勢力と向き合った時、「正義の反対は、また別の正義ではないかと気づいた」という一言があります。原氏はYouTubeで自身が足を踏み入れたことがないコンゴに関する動画を紹介する際、より目の前の現実を詳しく知る必要性を感じ、コンゴに向かいます。コンゴには120を超える武装勢力が存在し、それぞれが「なわばり」を持ちながら活動する地域です。

 原氏は、現地で石畳の作り方についての技術訓練を提供するテラ・ルネッサンスの職員とともに行動し、熱帯雨林の生い茂る国立公園に入ります。そこは、現地の職員が「運が良ければゴリラに、運が悪ければゲリラに出会える」という場所です。コンゴ東部では25年以上も紛争が続き、汚職や不正が蔓延するこの地域では政府軍による住民へのレイプや迫害の報告もあります。また、この地は隣国ルワンダからの勢力が侵攻してくることもあります。

 こうして生まれたのが、武装勢力「ライア・ムトンボキ(スワヒリ語で「怒れる市民」の意味)」です。つまり武装勢力にも、銃を持たざるを得ない理由があるのです。司令官は、「戦う理由」を尋ねられると簡潔かつ明快に「自分たちの土地を守るためだ」と答えます。構成員の多くは、普段は農業や小規模ビジネスを営みながら村で生活しています。ここで原氏は、本やインターネットで得た情報だけを頼りに理解しようとしていた自分の認識の浅さを痛感し、何が善で何が悪なのか、一概に断じることはできない多面性に触れています。

深く考えるためには異なる視点や解釈を持ち寄ること

 原氏は、自身が立ち上げたNPOから離れてフリーランス国際協力師として活動をはじめた2019年、ウガンダの小学校で、貧困層の女子児童が生理用ナプキンを購入する余裕がないことを知ります。女子児童は十分に経血を防げず、生理のたびに学校を休まざるを得なくなっていました。そして学校についていけなくなり、留年や退学してしまうのです。

 これに対して、ナプキンを配布すればいいと考える人もいるでしょう。しかし、原氏は違いました。「魚を与えるのではなく、魚の釣り方を教える」ことが重要だと考え、現地で手に入る素材で布ナプキンの作り方を教える活動を始めるのです。安易な供与は支援への依存は自立を妨げるからです。この活動はうまくいき、やがて街で販売できるほどのクオリティに達します。

 ただし、ここで世界はコロナ禍に見舞われます。葛藤の末、現地を離れることを決断した原氏。日本に戻ると、YouTubeを通して情報発信を行っていきます。このとき、「意見」や「イデオロギー」ではなく、「事実」を伝えることが重要だと考えます。これは、受け手に社会問題を「自分事」として捉えてもらうためです。

 もっと強く意見を発言すれば同じ考えを持つ人々が集まる、つまり「信者」が増えることも考えられます。しかし、原氏は「私が目指しているのは、対立ではなく、また自己満足のために言いたいことを言うことでもない。社会問題に対して多くの人々が関心を持ち、深く考えることだ」といいます。こうして原氏のYouTubeは一貫して事実を伝える姿勢を貫いていくのです。

正義か悪かという二元論に陥らないために

 こういった原氏の姿勢や行動の背景には、現地の人たちの状況や苦しみを深く感じた経験がもとにあることがわかります。問題がどのように生まれ、これに対して何からどう対処すればよいのか、ということに対する真摯な思索がある。本書では現地の情報や様子だけでなく、こういった原氏の生き様や、事実を伝える姿勢とその理由まで、たいへん詳しく記されています。このことで国際協力の現場での人間の苦しみや喜び、葛藤といったリアルな部分を知ることができます。特にアフリカの貧困地域と日本を行き来することで生じる違和感や不条理については、何度も言及してします。このことは、決して貧困地域や紛争地帯が遠い世界の話ではないことを意識するために、また私たちの現実感覚が閉じてしまわないために大事です。

 本書は、正義か悪かという二元論的な考え方に陥りそうになる現実とどう立ち向かうか、そこに立った原氏の行動と葛藤の記録といってもいいいでしょう。人間はそれぞれの考え方や主義のもと、ときに対立してしまう生き物です。これを未然に防ぐには現実を詳細に知り、ともに考えることではないでしょうか。本書はこの点について、現場のリアリティをもとに伝える貴重な一冊になっています。

<参考文献>
『世界は誰かの正義でできている アフリカで学んだ二元論に囚われない生き方』(原貫太著、KADOKAWA)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322410000539/

<参考サイト>
原貫太氏のX(旧Twitter)
https://x.com/kantahara

原貫太氏のYouTubeチャンネル
https://www.youtube.com/channel/UCLubQ17jEPLmYmfQ0KW7dGA
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テンミニッツTV編集部
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