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DATE/ 2025.07.18

「日本の介護」は世界と何が違う?

日本の介護の現状は?

 世界でもトップクラスの長寿国である日本。厚生労働省の2023年のデータによれば、日本人の平均寿命は女性が87.14歳、男性が81.09歳で、平均寿命を公表している世界の国と地域の中では、女性が第1位(39年連続)、男性が第5位でした。日本の総人口における65歳以上の割合は年々増加しており、2023年には29.1%で過去最高を記録。この割合は超高齢化社会の定義である21%をすでに上回っていますが、今後も増え続けると考えられています。

 日本の高齢化が他国にないスピードで進むのは、医療水準が高く治安がいいことのあらわれといえるでしょう。また、近年の高齢者は健康でアクティブな人が多いといわれます。しかし、高齢者が増えればそれだけ介護の必要性が高まるのは当然の流れですよね。ところが現状の日本では社会的な通念や法整備が急速な介護需要の高まりに追いついておらず、次のような問題が表面化しています。

・「家族が看る」がまだ根強い

「介護は家族がして当たり前」という風潮がいまだに根強く残っています。しかし核家族化が進んだ現在ではたくさんの家族が役割分担をして介護することは不可能で、子どもや配偶者が一人で介護せざるを得ない状況に陥りやすいです。一人での介護は負担が非常に大きく、介護する人は自分らしい人生を歩めなくなります。この結果、介護する人が精神を病んでしまったり、介護される人を虐待してしまったりする事例が増加しています。

・介護士の人手不足と待遇の悪さ

 日本は高齢化だけでなく、少子化も進んでいます。このため介護が必要な人が増える一方で、介護をする人は減り続けています。さらに介護職は重労働のわりに待遇が悪く、この点も介護職の減少を加速させています。介護職の労働組合・UAゼンセン日本介護クラフトユニオン(NCCU)の2023年のデータによれば、日本の介護職の平均年収は396万1000円で、日本全体の平均年収506万9400円を100万円以上も下回っています。

 高齢化問題に直面している諸外国ではこのような問題とどのように向き合っているのでしょうか。日本にはない取り組みなどを見てみましょう。

日本と海外の介護制度の違い

 福祉先進国といえば、北欧のスウェーデンやデンマークがよく新聞やネット記事に取り上げられますよね。これらの国は医療費や教育費無料などの手厚い社会保障を受けられる代わりに、消費税率25%などの高い納税額が特徴の高負担高福祉国家です。税率が大幅に違うので日本がすぐに取り入れることは難しいですが、参考になる部分は多いです。

 日本に似ている国では、平均寿命が男女ともに80歳を超えているオーストラリアが上げられます。在宅介護を奨励しており、消費税に当たる財・サービス税が10%など、日本に近い中負担中福祉国家です。ドイツも家族による在宅介護が多く、要介護度が制定されているなど、日本とよく似た介護制度を持つ国です。

 以上のような点を踏まえて、日本の介護問題を海外と比較してみましょう。

・スウェーデン

 介護と家族の問題:自立を大切にする国民性もあり、ほとんどの要介護者が在宅介護を受けていますが、介護の主体は家族ではありません。日本の市町村に相当する「コミューン」が主に介護を担当する“地域丸ごとケア”を行っています。このため、一人暮らしの要介護者も必要なときに必要な支援を受けて自立した生活を送れます。高い税率で財源を確保しているからこそできるケアといえるでしょう。

 介護士をめぐる問題:認知症などの細かな見守りが必要な要介護者は、コミューンの介護士が1日に何回も訪問します。このおかげで要介護者は安心して自宅で過ごせます。財源が確保されているので介護士が低賃金の重労働を強要されることはありません。

・デンマーク

 介護と家族の問題:スウェーデン同様に自立を重視する国民性で、在宅介護を基本としています。高い税率による財源がある点もスウェーデンと似ており、要介護認定などの取得は不要で24時間体制の在宅介護支援を受けられます。

 介護士をめぐる問題:デンマークの介護職員は公務員です。このため給与や福利厚生がきちんとしており、人員も確保されています。介護の需要と供給のバランスが取れており、介護職の低賃金問題も人手不足問題もありません。

・オーストラリア

 介護と家族の問題:在宅介護を担当する家族など、介護者への支援制度が充実。介護者の生活を守る「介護者報酬・介護者手当」という現金給付制度や、日本のショートステイに相当するレスパイトケアの減額制度があります。

 介護士をめぐる問題:日本と同様に介護士の人手不足で悩んでいるオーストラリアですが、平均年収は日本の介護士を上回っています。また残業がほとんどないこともあり、日本の介護士が転職先に選ぶことが増えています。

・ドイツ

 介護と家族の問題:要介護度に応じた介護保険で専門的な介護サービスなどの現物給付のほか、現金給付も選べます。日本では無償で当然の家族介護がドイツでは労働と認められており、対価が支払われるのです。

 介護士をめぐる問題:実はドイツも介護士の人手不足に悩んでいます。しかしその解決のために介護士の賃金アップを段階的に行っており、現在の平均年収はドイツ全体の平均年収とほぼ同水準になっています。

 介護には国民性も出るので海外の例をそのまま日本に当てはめるのは難しいですが、日本の介護が抱えている問題を解決するモデルになってくれるでしょう。これからも続く超高齢化社会を要介護者も介護者も介護士も、誰もが安心して幸せに生活できる社会になってほしいですよね。

<参考サイト>
・海外の介護事情とは?世界の福祉サービスと日本を比べてみよう!│レバウェル介護 
https://job.kiracare.jp/note/article/3070/#:~:text=
・第1章 高齢化の状況(第1節 1)│内閣府 
https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2023/html/zenbun/s1_1_1.html
・介護職と全産業の給与格差、年収で110万円超 賃上げムードのなか置き去り 組合調査│JOINT 
https://www.joint-kaigo.com/articles/34521/
・ドイツの介護保険制度│医療法人社団悠翔会 
https://www.yushoukai.org/blog/germany4
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