●世界の自然災害被害が日本経済に直接影響する時代
大上 いよいよ次は、最近ようやく日本でも関心が高まってきた「地球温暖化と水」の関係についてお話をお願いします。
沖 地球温暖化というと、ヨーロッパで数万人が亡くなった2003年のヒートウェーブ(熱波)が思い起こされるかもしれませんが、決して気温だけの問題ではありません。豪雨が増える、高潮が深刻になる、干ばつになるといった形で、地球温暖化の被害はたいてい水が関連しています。病虫害が増えるのも、水を通じての変化です。気候変動の悪影響は、ほぼ水を通じて人間社会に影響が及ぶのです。
温暖化によって、ある地域の平均気温が15度から17度になったとしましょう。平均気温17度の地域でも、人は豊かな生活をしています。気温が上がること自体が致命的ではありません。平均気温が2度、3度上がったときに、生活の仕方、建物のあり方、農作物のつくり方を変えていかなくてはなりませんが、その対応ができない国があることが問題です。あまり楽観的なことをいうと油断するかもしれませんが、日本のようにお金も人材も知識もある国は、おそらく何度上がろうとうまくやっていけるだろうと思います。
しかし一方で、対応できない国や地域も出てくるでしょう。甚大な被害が出るおそれがあります。そのような地域を放っておけないのが、グローバル化の時代です。環境問題全般にわたっていえることですが、自分たちは平気でも、どこかが被害を受ければ他人ごとでは済みません。それどころか、地球温暖化は先進国が出した温室効果ガスの影響なのだから、先進国が全て責任を持って被害を補償してほしいという話にすらなりつつあるのです。
大上 タイの洪水では、日本企業が大きな被害を被り、東日本大震災のときよりもたくさんの損害保険料が払われたと聞きましたが。
沖 東日本大震災では、企業に支払われた地震保険の損害保険金は6000億円から7000億円でした。ところが、タイの洪水では800社ほどが影響を受けましたが、その半数以上が日系企業で、支払保険金額は8000億円から9000億円といわれています。損害保険金の支払総額だけで考えると、2011年は、東日本大震災よりもむしろタイの洪水の方が影響が大きかったのです。世界のどこかで起こった被害が、日本経済にも直接影響を及ぼす時代になっているという証拠の一つだと思います。
大上 温暖化の問題は、世界的な価値の連鎖の中で起こるので、途上国の問題だと安心してはいられないということですね。
沖 自然災害に対する備えを、もう日本国内に限っていてはいけないのだと思います。海外にも日本の経済活動があるのですから、そこも守っていく必要があります。現時点では、必ずしも日本企業を現地政府が守ってくれているとは限りません。ですからまずは、情報面でもハード面でも、現地政府に支援してもらえるよう働きかけなくてはなりません。
大上 よりグローバルで、かつ有機的に統合された取り組みが必要なのですね。
沖 現在では、世界のたいていの地域には、消費地として、あるいはサプライチェーンの一部としての価値も出てきています。そのような意味でも、他人ごとの災害は減っていると思います。
●平均気温上昇2度以内という目標は難しい
大上 先生が深く関与され、貢献されているIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が、この度、気候変動についての新たなレポートを出しました。その内容について簡単に教えていただけますか。
沖 過去の気候変化と将来の気候変化については、別の専門家の方がいますから、私は簡単にまとめます。1980年以降の気温の上昇は、人間活動による影響である可能性が非常に高く、もう疑う余地はない、という言い方がされています。それから、将来、この調子でいけば、世界の平均気温が2度から4度、下手をすると5度、6度上がるだろうといっています。その程度は、今後どれほど温室効果ガスの削減ができるかによります。
ただし、報告書に書いていない話をしますと、見込みは甘くありません。温室効果ガスをかなり削減できて、初めて2度の上昇に抑えられるのです。なぜ2度にこだわるかというと、ヨーロッパ主導で、産業革命以前の平均気温から2度以内の上昇に抑えるというのが、国際的な政治目標になっているからです。しかし、温室効果ガス排出量の将来予測をしている専門家は、2度に抑えるのは難しいと考えています。
それに対して、今回のIPCC第5次報告書は、可能性はある、あきらめるな、という基調のメッセージになっています。ただ、私でも難しいだろうと思うのです。例えば、バイオマス発電によって生まれるカーボンを捉えて地中に貯蔵するという、まだ実用化できていない技術や、もっと奇想天外なも...