●外国人との共生に取り組んできた浜松市
テンミニッツTVをご覧の皆さん、こんにちは。浜松市長の鈴木康友です。今日は「浜松市の多文化共生の取り組み」と題し、浜松市がこれまで取り組んできた内容について、その背景も含めてお話をさせていただきます。
多文化共生という言葉は、1990年頃から外国人市民との共生について使われております。2006年に総務省がまとめた「地域における多文化共生プラン」では、「国籍や民族などの異なる人々が、互いの文化的差違を認め合い、対等な関係を築こうとしながら、地域社会の構成員として共に生きていくこと」とされています。
今回は、全体を六つに分けてお話を進めます。まず「今後の日本の趨勢とその流れを先取りした外国人集住都市」についてお話しします。現在、日本では、外国人材の受け入れについて、様々な議論が活発に行われています。安倍政権では、成長戦略であるアベノミクス第三の矢として、「日本再興戦略」を策定し、「外国人材の活用」を最重要課題として位置付けています。また、2016年6月の日本再興戦略においては、多様な働き手の参画の一環として、「外国人材の活用」が位置付けられ、外国人材受け入れの在り方について「総合的かつ具体的な検討を進め、移民政策と誤解されないような仕組みや国民的なコンセンサス形成の在り方などを含めた必要な事項の調査・検討を政府横断的に進めていく」とされています。しかし、移民政策は取らないとする一方で、ご覧いただくように、外国人材受け入れの政策メニューは拡大していく状況です。
また同再興戦略では、「海外の成長市場の取り込み」として、「TPPの速やかな発効及び参加国・地域の拡大に向けて取り組むとともに、EPAなどの経済連携交渉を戦略的かつスピード感を持って推進する」としています。このように、今後、海外諸国との経済連携が進めば、外国人の流入は阻止できないと考えます。
これまで日本は、実質的に移民でありながら、外国人を移民と認めず、彼らを都合の良い労働者としてしか捉えないという、矛盾に満ちた方針を貫き通してきました。残念ながらこの方針は、安倍政権においても是正されておりません。今後、外国人が増えていく中、建前と本音の使い分けは限界に来ています。この後皆さんと、この移民問題について、考えていきたいと思います。
●外国人受け入れは、もはや不可避だ
日本の人口を見てみますと、2008年に約1億2800万人でピークに達し、その後人口減少過程に入り、2016年4月には1億2700万人、2060年には8700万人を切り、現在のほぼ3分の2に減少することが見込まれています。
また、15歳から64歳までの生産年齢人口はほぼ半減し、現在約26パーセントである65歳以上の比率が約4割に達することが予想されています。こうした少子高齢・人口減少社会を迎え、予想される深刻な労働力不足に対して、今後わが国は、一定程度の移民政策を取らざるを得ない状況にあると思います。
外国人の受け入れについて、既にそれを先取りして進めてきた地域があります。それが、浜松市を含めた、主としてものづくり産業の盛んな自治体です。1990年に改正出入国管理及び難民認定法が施行されたことで、日系2世・3世及びその家族が、職種の制限なく就労できる「定住者」として来日することが可能となり、ブラジルをはじめとする南米日系人が、輸送用機器等の製造業集積地を中心に急増しました。
急速に外国人住民が増えると、地域社会で言語・生活習慣・文化の違いによる課題が、一気に顕在化しました。これに対応するため、浜松市が日系ブラジル人を中心とする外国人住民が集住する地域へ呼び掛け、2001年に浜松市を含む13の自治体により、外国人集住都市会議が発足しました。
その第1回会議は浜松市で開催され、多文化共生のまちづくりにおける基本的な考え方として、「地域共生についての浜松宣言」が採択されました。この宣言では、「外国人住民は、多様な文化の共存がもたらす新しい地域文化やまちづくりの重要なパートナーであり、日本人住民と外国人住民が、互いの文化や価値観に対する理解と尊重を深めるなかで、健全な都市生活に欠かせない権利の尊重と、義務の遂行を基本とした真の共生社会の形成を目指していく」と述べています。外国人集住都市会議は、2001年の発足後、年々参加都市を増やしながら、毎年開催されています。これは外国人住民との共生に係る課題が、もはや特定の地域だけではなく、全国規模の取り組みになりつつあることを示しています。