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「すごい進歩」はイノベーションではない…その意味の違い

イノベーションの本質を考える(2)進歩との違い

楠木建
一橋大学大学院 経営管理研究科 国際企業戦略専攻 特任教授
情報・テキスト
イノベーションと進歩の大きな違いは、「何が良いか」というパフォーマンスの次元を連続的に捉えるか否かという点にあると、楠木建氏は言う。こうした考え方は、私たちの普段の生活においてどのように現れてくるのだろうか。(2018年9月7日開催日本ビジネス協会JBCインタラクティブセミナー講演「イノベーションの本質」より、全8話中第2話)
時間:08:41
収録日:2018/09/07
追加日:2018/11/29
キーワード:
≪全文≫

●イノベーションとは「何が良いか」そのものが変わること


 ところが最近、イノベーションブームになっており、こうしたイノベーションの一番根本にある本質が置き去りにされているように思います。そこで、この「パフォーマンスの次元が変わる」ということがなぜ非連続性を意味するのかを、図式的に説明したいと思います。

 例えば、新しいスマートフォンに買い換えるという行動を人間が取る際、当然前よりも良いスマホにしたいと思うでしょう。

 それでは、その「良いスマホ」とはどのようなものでしょうか。人によって違うでしょうが、よくつながる、画面が大きくてきれいである、指紋認証が正確である、写真もきれいに撮れる、薄い、軽い、バッテリーが長持ちする、といった基準があるでしょう。物やサービスとは、こうしたさまざまな価値次元の束として考えることができます。

 そうして考えた場合、今度のスマートフォンが、より薄くて軽く、画面も大きくてきれいで、バッテリーも速くチャージできるようになったとすると、こうした現象は、進歩と呼ばれます。つまり進歩とは、価値の次元において連続している現象なのです。

 それに対して、イノベーションとは「何が良いか」ということそのものが変わるということです。つまり、ドラッカーのいう「パフォーマンスの次元が変わる」とは、「何が良いか」という基準が非連続になるということなのです。そのため、イノベーションは進歩とは区別されます。


●「すごい進歩」はイノベーションではない


 ですから時々、物やサービスがものすごく進歩した際、それをイノベーションであると勘違いする人がいますが、これは間違いなのです。

 例えば、先ほどのスマートフォンの例で言えば、1回5分充電すれば、向こう1年間全く充電する必要がないスマートフォンが出てきたとします。こうした現象は、イノベーションではありません。これは、価値の次元では連続している、専門用語でいう「すごい進歩」です。皆が「もっとバッテリーが長持ちするスマホが欲しいな」と思っているところに出てきたからです。

 イノベーションは、図でいえば下の矢印に当たる、別の価値次元を作ることで生じます。その際には、技術的に進歩している必要はありません。「何が良いか」が変われば良いのです。

 例えば、スーパーコンピュータは皆が演算速度の速いマシンを求めてきたところに出てきた進歩です。それは競争の中で、さらに進歩していきます。

 また、多くの人が車の量産性を高めたいと思っていた中で出てきた日産リーフは、「すごい進歩」であるといえます。テスラモデル3は、それがさらに進歩したものです。

 iPhone6が大変よく売れたのは、やはり画面が大きくて、写真もすごくきれいに撮れるからです。これもスマートフォンの世界に起きた、ちょっとした進歩です。

 それがさらに進歩したのがiPhone Xです。さらにきれいに撮れるようになり、しかも薄くなったという点で、些細な進歩であるといえます。

 iPS細胞は現段階ではインベンションで、今後のイノベーションが期待されます。

 STAP細胞は勇み足ということで、イノベーションではありません。このような形で、先ほどの分類に至るわけです。


●科学技術は進歩と相性が良い


 技術はもともと、進歩という概念と非常に折り合いが良いものです。

 例えば、自動車業界に関わる人たちは今、進歩の競争を繰り広げています。それはどの価値次元をめぐる進歩かというと、1回充電したときの距離が一番大きいものだと思います。今電気自動車にお乗りの方がまだあまりいないのは、やはり進歩が足りないからでしょう。1回充電したら、1000キロくらいは走ってもらいたいなと誰もが思っているでしょう。仮に5分で充電できて、1000キロ走るという電気自動車が出てきたら、かなりの値段であっても、一定割合の人がそれに乗るかもしれません。今は、まだその段階まで到達していないのです。


●進歩にはいずれ終わりが来る


 今はこうした、物事の初期の状態です。進歩が足りない状態から大体物事は始まるのですが、こうした段階では進歩した会社、あるいは進歩を実現した会社がもうかります。ところが、それは非常に難しいのです。進歩が続いていきますと、いずれ終わりが来るからです。

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