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イノベーションを妨げる「可視性の罠」

イノベーションの本質を考える(6)可視性の罠

楠木建
一橋大学大学院 経営管理研究科 国際企業戦略専攻 特任教授
情報・テキスト
イノベーションを望みつつ、そこから逸脱してしまう傾向が、「可視性の罠」によって引き起こされているという。「可視性の罠」とは、今見えている価値の次元でものを考えることから起こる現象のことを指すが、なぜそうなってしまうのか。(2018年9月7日開催日本ビジネス協会JBCインタラクティブセミナー講演「イノベーションの本質」より、全8話中第6話)
時間:08:34
収録日:2018/09/07
追加日:2018/11/30
キーワード:
≪全文≫

●AppleにおけるイノベーションのピークはiPodだった


 イノベーションというと、昔から必ずAppleの名が挙げられてきました。確かに、その通りです。

 しかし、Appleでもイノベーションのピークは、カテゴリーイノベーションを起こしたiPodであったと思います。もちろんiPadやiPhoneもイノベーションです。そしてこれらが商売としては一番大きいのですが、イノベーションの強度としては、むしろiPodやiPod touchの方が強大であったと思います。

 あの時のUI(ユーザーインターフェイス)の変革に比べれば、iPod やiPod touchはやや小粒です。最近のiPhone5,6,7,Xになってくると、これらはもう、完全に「進歩」なのです。5色から選べます、指紋認証が正確です、こんなに薄くなりました、という同じ価値尺度のもとでの進歩です。ですから、今のAppleは完全に進歩の商売に突入しているのです。

 最近、特にiPhone7以降ですが、Appleはついにイノベーションという言葉を使わなくなり、代わりに「エボリューション」という言葉を使い始めています。「evolution in every dimension」という表現を使いますが、これは確信犯的な進歩主義です。今のAppleは、こうした考え方に立っているのです。

 ですから、新しい商品も出てきますが、これらは専門用語で「おしゃれな進歩」と呼びます。Apple Watch等がそうですが、昔のように新しいカテゴリーをつくるつもりはあまりないのでしょう。Apple Watch等は、ただ、いろいろな新しい機能が付加されたwatchなのです。

 イノベーションとしての非連続は、定義からして連続しませんので、そんなにたくさん出てくるものではありません。Appleは今、先述した進歩路線の方針を立てていると思うので、それはそれで良いでしょう。


●イノベーションの失敗は「可視性の罠」からくる


 冒頭の話に戻りますと、口では「イノベーション」と言いながら、今そこに見える価値の次元上の進歩にリソースを振ってしまっている会社が多く見られます。その結果、イノベーションからむしろ離れてしまっているのです。これを、今見える価値の次元の上に立っているが故にイノベーションができないという意味で、「可視性の罠」と呼んでいるのですが、これが起きる理由はさまざまなものがあると思います。

 まず挙げられるのは、競争そのものです。「敵がここまで来たら、うちも」と考えたくなるのです。その結果、進歩の方向に向かいます。次は、お客様の存在です。必ずわれわれは、客のニーズを知ろうとします。ところがお客様は、今ある価値の次元をそれてしまうと、自分のニーズを言語化できません。だから、「薄くしてくれ」「軽くしてくれ」と言う人はいても、例えば「ウォークマンのようなものがほしい」という人はあまりいないのです。お客様のニーズを聞けば聞くほど、今の価値次元の上での進歩になっていきます。

 さらには、株主の圧力もあります。数字という見える次元しか見ようとしないので、4半期で何がどれだけ良くなったかということにしか関心がありません。そのため、進歩を極めて愛好するのです。「イノベーションをやってほしい」と口では言いながら、本当はそれを行うことは好きではないのではと思ってしまいます。基本的にその4半期の折れ線グラフしか見てない人たちだからです。

 このように言っていると、ある時、ある機関投資家の方にえらく叱られてしまいました。「折れ線グラフしか見てないなんて、おまえ失礼なこと言うな」と。「棒グラフだって見ているぞ」と言っていました。そういうものなのだと思います。

 株主の影響を強く受けると、どんどん進歩の方にリソースを振り向けたくなり、「こんなに良くなりました」と見せたくなります。そして何よりも大きいのは、進歩は経営しやすいということです。最終的にリソースを投入するときに組織的な正当性が必要になります。進歩であれば、「社長、この技術に投資していただければ、消費電力が今の半分になる可能性があります」と提案ができるのです。そうなると、「よし、やってみましょう」と了承を得ることができます。

 イノベーションになると「何が良いか」が変わるので、それに取り組んでも「おまえ、遊んでないで仕事しろ」と言われてしまうことがあります。こうした風潮が常に会社の中でぐるぐる回っているので、口ではイノベーションと言いながら、どんどんリソースが進歩の方に割かれてしまうのです。しかし、進歩を進めれば進めるほど「もういいよ」という話になり、コモディティー化を問題視し始めます。ではどうすべきかというと、やはり「イノベーションが必要だ」という話になるのです。しかし、結局起こるのは、上で述べたことです。こ...
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