テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
ログイン 会員登録 テンミニッツTVとは
テンミニッツTVは、有識者の生の声を10分間で伝える新しい教養動画メディアです。
すでにご登録済みの方は
このエントリーをはてなブックマークに追加

米中両国の間に新冷戦が勃発するという見方は正しいのか?

米中対立の行方をどう読むか(1)米中は「新冷戦」ではない

中西輝政
京都大学名誉教授/歴史学者/国際政治学者
情報・テキスト
近年、アメリカと中国との間に亀裂が生じているが、両国の間に新冷戦が勃発するという見方は、誤りである。かつてアメリカとソ連との間にあった冷戦とは性格が異なる。さらにわれわれは、そもそも米ソ冷戦がなんだったのかも分かっていないのである。(全7話中第1話)
時間:10:19
収録日:2018/12/25
追加日:2019/05/11
カテゴリー:
≪全文≫

●米中が新冷戦になるというのはいいすぎである


―― アメリカと中国との間に冷戦がこれから長期的に起こる可能性があるのか、お聞かせください。

中西 近年の米中関係は、世界を揺るがすようなインパクトのあるニュースになっています。特に今、アメリカによる中国からの輸入品に追加関税をかけるという、いわゆる米中貿易戦争が、日本にものすごく大きな余波があります。2018年の後半から非常に緊迫した米中経済戦争のような様相を帯びていました。とりわけ同年の12月初めには、中国を代表するIT企業のファーフェイがアメリカの新しい対中経済政策の下で世界的に排除されていくという新展開があり、日本の関係業界だけではなく、日本全体の大きな関心事になっているわけです。

 その中で、このままいったら米中新冷戦となるのではないのかという声も随所に上がっています。そこで、今のアメリカ、中国の新しい関係をどう考えるかですが、少し踏みとどまって、ここで考えることと、それから長い視野で今の米中関係がどう展開して、次に現れてくる新しい国際秩序がどういう姿になるかを日本人がしっかり押さえておく必要があります。今の日本の雰囲気は、何かうろたえているようで、何が起こっているのだろうか、あるいはこのままいったらどんなことになるのだろうか、という当事者意識が希薄な分だけ被害者的発想にもつながっていて、大変不健全な状況だと思います。

 そこで、最初に私なりの結論からお話しします。これが「米中新冷戦である」という声はありますが(「新冷戦」という言葉の定義には問題はありますが)、その語感的にいえば、あるいは米ソ冷戦の歴史を踏まえていえば、米中が今後冷戦状態に陥っていくイメージが人によって少し違いますから、あまり意味はないけれども、あえていえば「米中新冷戦になる」というのはいい過ぎだと思います。

 これは、長期にわたってアメリカが中国の包囲網を築いていく、すなわち冷戦でソ連封じ込め政策を取ったような対立関係に推移するという、そのとば口に立っている、といった昨今の評論家たちの米中関係観は間違っていると思います。


●中国は軍事的に「弱かった」ソ連とは全く異なる


中西 冷戦とはそもそもこういうもので米ソの場合はこうだったといった議論はいくらでもできると思いますけれども、そこはまた機会があればおいおい言及するとして、はっきりといえるのは、今の中国は米ソ冷戦の時のソ連に比べれば全く違う相手だということです。中国が経済的な力を持っていることも一つですが、もう一つは軍事的に見ても当時のソ連は取るに足りません。「軍事大国」、「ソ連の脅威」という言葉をわれわれ世代は盛んに耳にしたのですが、ではソ連の軍事力はどんなものだったのかというと、ソ連崩壊後、この二十数年、今のロシアからソ連時代の軍事機密文書がいろいろと流出しています。今日それらを見れば、ソ連はこんなに弱い国だったのか、経済力でもこんな後進国だったのか、が分かります。つまり、そのような国をアメリカと並ぶ超大国と誰がいったのかという程度で、今のロシアよりもっと脆弱な経済でした。軍事力からいっても、はるかにアメリカに引き離されて、唯一対抗できるのは大陸間弾道弾を中心にする陸上配備の核ミサイルだけでした。

 確かに数でいえば、ソ連陸軍の機甲師団がものすごい数のタンクを中心に、東ドイツやチェコスロバキアなど東ヨーロッパに駐留していましたから、この軍事力はすごいものがありました。けれども、当時のアメリカやイギリスの最先端の軍事技術、つまり湾岸戦争で彼らが発揮したような電子技術があったら、東ドイツに1980年代の終わりまでいたソ連の機甲師団は一瞬で、しらみつぶしに皆つぶせるようなものでした。イラク軍よりも少し大きな軍隊が東ヨーロッパにいたというだけです。ですから、ソ連の脅威としては核ミサイルだけだったわけです。


●米ソ冷戦についても分からないことがとても多い


中西 それから、歴史的に冷戦史をさらに検討して、私なりにこの20年で一つの結論を得ました。アメリカも相当の吹っ掛け戦略で「レーガンSDI(Strategic Defense Initiative、戦略防衛構想)」と呼んだりしていましたが、それを見て、ミハイル・ゴルバチョフはアメリカには勝てないと思ったから、「ペレストロイカだ」「大改革が必要だ」といってその方向にソ連は動きました。その結果、ソ連経済がバランスを失って崩壊につながったということで、これはソ連崩壊直後にいわれたストーリーですが、このようなことは全くの嘘です。はっきりいえば、SDIは実現可能性ゼロの技術だったのです。私は1983年当時、全米を回り、「ロナルド・レーガン大統領がSDIと言っているが、あれは実現可能ですか」と戦略家やシンクタンクや、大学、あるいは科学者の団体のところ...
テキスト全文を読む
(1カ月無料で登録)
会員登録すると資料をご覧いただくことができます。