●気候の将来に関して複数のシナリオを示すのが科学者の役割
今回は今までの話を踏まえて、気候の将来予測について、実際に考えてみたいと思います。
今まで見てきたIPCCの評価報告書は、気候の将来がどうなるかというシナリオを示しているわけです。シリーズ冒頭で申し上げましたように、こういう問題提起をして社会がどのように温暖化対策を行うかによって、これから排出される温室効果ガスの量が大きく変わってきます。ですから、科学者にはこれから実際に排出される温室効果ガスの量を予見することはできません。科学者にできるのは、気候がどのように変わり得るのか、いくつかのシナリオを示して、社会に選択をしてもらう材料を提供することです。
●地球温暖化を抑制する場合と抑制しない場合のシナリオが分かれる
上の資料の左側の図は、IPCCの第4次評価報告書のものです。これは、20世紀から21世紀まで、二酸化炭素(上段)、メタン(中段)、二酸化硫黄(下段)、この3つの物質の排出量がどうなるかを示したシナリオです。グラフの左側の黒い部分(2000年まで)は実際の観測値です。そこから先に関して排出量がどのように変わるのかは、いくつかのシナリオを用意するしかありません。
まず、A2というグラフで示されているのは、そのままの排出が続く場合のシナリオです。二酸化硫黄の場合は大気汚染をもたらすエアロゾルですので、いずれは排出対策が執られると考えられますが、二酸化炭素やメタンの場合は、対策が十分に執られないまま引き続き増え続けるシナリオが考えられます。対して、B1というシナリオはきちんと対策がなされて排出量が抑えられた場合のものです。そして、A1Bはその中間のシナリオです。第4次報告書ではこの3つのシナリオが用意されました。第5次評価報告書でも、基本的には同じような複数のシナリオが用意されています。
これに対して、21世紀において気温がどのように変化していくか、それを示したのが上の資料の右側の図です。温室効果気体がこれから増加しなくても、海洋を中心としてすでにシステムに蓄えられた熱が出てきますので、温暖化は急には止まりません。
温室効果気体の増加が一番抑制されたとしても、21世紀終わりには気温が1.5度の上昇をしてしまうだろうと考えられています。もし温室効果気体の増加が抑制されなければ、さらに気温の上昇幅が大きくなるだろうということで、そのシナリオがいくつか用意されています。いずれにしても明らかなことは、これからの気温の上昇がもう避けられないということです。
●21世紀末の地球の気温と降水量を予測する
では、この21世紀の終わりには、地球の気温はどのようになるのでしょうか。20世紀の終わりとの比較、つまり100年間の気温の変化を見ていきたいと思います。資料左上の図は北半球の冬、資料左下の図は北半球の夏に関して、それぞれの気温状況の変化を示したものです。これを見れば明らかですが、地球のほぼ全体で気温の上昇が見られます。特に冬の北極域や、あるいは北半球の高緯度域、特にその陸上部分で非常に大きな気温の上昇が見込まれています。
これは、次回に説明するフィードバック過程が効果的に働いている結果です。昨今では、「北極域の温暖化増幅(Arctic amplification)」とも呼ばれています。逆に上昇が緩いのが南大洋と北大西洋の部分です。日本付近ではかなりの気温上昇が、夏と冬ともに見込まれています。
資料右下の図は年平均降水量の変化率です。青くなっているところが降水量が増える場所を示しています。これを見ますと、日本付近を含め、もともと雨の多い熱帯域、あるいはアジアのモンスーン域、それから気温上昇が大きい北半球の高緯度域で、降水量がこれから増えていくだろうと考えられています。
逆に、もともと乾いている地中海、あるいは砂漠地帯の周辺域にある半乾燥域、これらは亜熱帯から中緯度にかけての地域ですが、これらの場所では、降水量が逆に今以上に少なくなると考えられています。このように、降水量の変化率におけるコントラスト、つまり湿潤域と乾燥域のコントラストがさらに拡大すると予測されているわけです。