●「強国・強軍」を目指す「中国の夢」
中国外交についての最後の回です。今回は、「強国・強軍」を目指す「中国の夢」について考え、中国の外交の将来を占っていきたいと思います。
2012年11月、党大会で新たな最高指導者に選出された直後に、習近平総書記は、他の6名の中央政治局常務委員を引き連れて国家博物館での「復興の道」展を参観し、そこで初めて、「中国の夢」に言及する講話を行いました。
その際に習近平氏は、以下のように言っています。
「私は、中華民族の偉大な復興を実現することこそが、中華民族が近代以来抱き続けてきた最も偉大な夢である、と考えている。この夢は、数世代にわたる中国人の宿願を凝縮し、中華民族と中国人民の全体の利益を反映しており、中華の子女一人ひとりが抱く共通の願いである」「歴史が我々に告げている通り、一人ひとりの前途と運命は国家と民族の前途と運命に密接に関係している。国家がうまくいき、民族がうまくいって初めて我々一人ひとりもうまくいくだろう」
アメリカが超大国への階段を駆け上った20世紀、「アメリカン・ドリーム」は世界中の多くの人々の魂を揺さぶり、彼ら彼女らをアメリカ社会に引き寄せました。そして今、「パクス・シニカ」、すなわち中国の覇権による平和となる可能性を秘めた21世紀に、われわれはいます。「中国の夢」は、中国を、そして世界をどう変えるのでしょうか。
この重大な問い掛けに答える上で、まず整理すべき疑問があります。それは、「中国の夢」とは誰の夢か、という疑問です。「アメリカン・ドリーム」は、機会の平等、能力主義、経済的活力、これらに満ちた自由民主の資本主義大国だからこそ叶えられる、国民一人ひとりの夢です。頑張っても頑張らなくても皆等しく貧しい社会主義国家に、夢はありませんでした。そして、ソ連と東ヨーロッパの社会主義陣営は崩壊したのです。
その中で、改革・開放によって経済チャンスを国民に与えた中国共産党は生き残りました。それどころか、歴史上最長で最高の経済成長を実現し、世界の成長センターとなったのです。一方、中間層の没落や格差の拡大で、「アメリカン・ドリーム」は過去のものとなりました。低成長、デフレ、借金、人口減少、少子高齢化、こういった課題を抱える日本でも、閉塞感が広がり、夢は聞かれなくなりました。
今、夢を語るのは中国です。そこに、中国の勢いを感じざるを得ませんが、同時にそれは誰の夢なのかという疑問も湧いてきます。
習近平国家主席の講話には、3つの主体が登場します。すなわち、「中国人民」、「中華民族」、そして「中華の子女一人ひとり」です。そこでは、国家が発展し、民族が栄えてこそ、国民一人ひとりの理想も実現できる、そういった論理が打ち出されています。つまり、「国家としての中国の夢(the China’s Dream)」、「中華民族の夢(the Chinese nation’s dream)」、ならびに「中国人一人ひとりの夢」、これら全てが、「中国の夢(the Chinese Dream)」なのです。こうして「中国の夢」は、党・政府の公式スローガンとなっているように、「国家の富強、民族の振興、人民の幸福」という「三位一体の夢」となります。
国家、民族、個人が一つの「運命共同体」として捉えられる「中国の夢」は、個人の夢にとどまる「アメリカン・ドリーム」とは異なる、「中国の特色ある社会主義」の夢となるのです。これは、国家と国民との間にある歴史的な緊張関係に対する欧米の批判的認識からは生まれない観念です。
●「二つの百年」
それでは、国家、民族、個人という三位一体の夢となるような共通目標とは何でしょうか。習近平氏が目指す目標は、「二つの百年」です。暮らし向きがある程度裕福な「小康社会」を全面的に達成する中国共産党成立100周年の2021年を経て、中華人民共和国成立100周年の2049年には、「富強・民主・文明・和諧(調和)・美麗」の社会主義現代化強国を実現し、中等先進国の水準に達することを目指しています。
ここに明らかなように、「二つの百年」は、人民を豊かにし、国家を強くする長期目標です。そして習近平氏は、国家を強くするためには、軍を強くしなければならないと説きます。1840年のアヘン戦争以来の中華民族の災難は、列強の軍事力が中国より強大であり、中国を侮ったことから始まったと認識しているからです。「近代の屈辱」が「強国・強軍の夢」の背景にあるのです。
アメリカ国防総省の国防政策顧問であったマイケル・ピルズベリー氏は、中国が2049年までに「中国主導の世界秩序」の構築を目指していると指摘しています。そしてこの中国の戦略を、アメリカから覇権を奪う「百年マラソン」と名付けました。彼は、「遅れた中国を助けてやれば、やがて民主的で平和的な大国になる」と信じてしまったこ...