●弥生時代はどのように確定されているのか
上のグラフをもう少し詳しく見てみると、弥生時代の始まりは500年さかのぼったにもかかわらず、後期の方はほとんど変わっていないことが分かります。なぜでしょうか。これは炭素14年代測定法ではなく、考古学的な手法で導き出された年代だからです。どういう方法かというと、日本の国内で製作年代の分かっている試料が日本で出土すると、それを用いてその時期がいつかと推定するのです。
日本の遺跡で出土される製作年代が分かっている試料の中で、最も古いものは、中国の前漢で作られた鏡です。この鏡が出土するようになると、そこからあとの年代では、炭素14年代測定法を用いても同じ年代だと判断されます。この理由で、弥生時代の後期の年代は変化していないのです。
逆にいうと、さかのぼってしまった弥生時代の始まりは、そのような製作年代の分かっている試料がない状態で、研究者がとりあえず紀元前300年と仮定しておいていたものです。しかし、この仮の年代が50年間用いられてくる中で、固定化されてしまいました。そのため、われわれが500年さかのぼると発表した際に、大きな反響を呼んだのです。
縄文時代の場合には、製作年代の分かっている試料は一切ありません。そのため、全て炭素14年代測定法で年代を決定しています。縄文時代の年代がほとんど変わっていないのは、それが理由です。ただ、土器の出現年代については、3500年古いとされたものは50年前から4000年ほど古い年代ということになっています。
この表は、弥生時代の古い段階の土器型式名をまとめています。土器型式名は、考古学者が時間の尺度に用いています。日本の考古学では、土器の変化をもとにどのように社会が変化していったのかを推測しています。土器はその重要な試料となります。したがって、ある土器の年代が分かれば、その土器が発見された住居の年代も分かります。ですので、われわれは土器に付いている炭化物の炭素14年代を測り、土器型式ごとに年代を決めていきました。
土器型式名の横に炭素14年代という行があります。ここから紀元前10世紀などの西暦を割り出したものが、その横の開始年代になります。このように、われわれは紀元前10世紀前後に弥生時代が始まるという説を基盤に、歴史を構築しています。
しかし、われわれの説が必ずしも全ての研究者に受け入れられているわけではありません。発表してすでに15年が経過しましたが、ここに示したような、大きく分けて3つの説が取られています。最も古いのはわれわれが提唱している紀元前10世紀です。しかし、残念なことに最も賛同者が多いのは、その次の紀元前800年ごろという説です。
●弥生時代の開始年代を確定するための「酸素同位体比年輪年代法」
現在、弥生時代の開始年代を確定するために、新しい自然科学的な方法を使って研究を進めています。それが、次に説明する「酸素同位体比年輪年代法」です。先ほど説明した炭素14年代測定法では、炭素の同位体を用いました。一方、こちらの方法では酸素の同位体を用います。
酸素には、酸素16と酸素18という化学的性質を同じくする2つの同位体が存在します。植物の葉に含まれているセルロースには、酸素が含まれています。ところが、湿度の変化が酸素の含有量に大きな影響を与えます。例えば、梅雨の季節には湿度が高いので、水分があまり蒸発しません。反対に、冬の乾燥した季節には、よく蒸発します。
その際に、軽い方の同位体から蒸発するといわれています。酸素の場合には酸素16から蒸発します。毎年当然、梅雨の季節は訪れますが、多くの雨が降る梅雨もあれば、空梅雨もあります。そうすると、1年ごとに湿度が異なるので、蒸発する酸素16の量も異なります。したがって、その年ごとに、酸素16と酸素18の比率は異なってくるということです。
それをスライドに中のグラフに描画しています。現在から約4000年前、つまり縄文時代の遺跡から出た木材の年輪に含まれている酸素同位体比をグラフにしたものが、上のグラフになります。このグラフは、種類を問わず全ての樹木に当てはまります。針葉樹であろうが広葉樹であろうが、ほぼ同じパターンを示します。
遺跡から出てきた樹木の1年輪ごとのセルロースに含まれている酸素同位体比を、例えば100年輪グラフを作ると、今から4000年前までできている、「マスタークロノロジー」といいますが、それとコンピューター上で照合すると、変化の度合いが一致してくる部分が出てきます。これによって、遺跡から出てきた樹木の年代が分かります。
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