●人々を楽しませることを重要視し、ドイツ語オペラにも挑戦
――前回、モーツァルトはどちらかというと交響曲を軽く見たというか、儲けにならないためオペラやピアノ協奏曲を大事にしたというお話をうかがいました。今回は、モーツァルトの曲の特徴についてうかがわせてください。
野本 そうですね。モーツァルトは、人々を楽しませることを、一番、重要視していたのではないのかと思うんですね。オペラは、ドイツに行ってもイタリア語のまま演じたりしますから、知的レベルの高いインテリでないと難しいところもありますが、それでもモーツァルトは音楽や芝居で喜んでもらえるように音楽をつくろうとしたわけです。
たとえば有名なオペラに『フィガロの結婚』などがあります。
<ピアノ演奏>
これはモーツァルトのオペラ『フィガロの結婚』の中のアリアで、「ケルビーノのアリア」というものです。いわゆる小姓が伯爵夫人にちょっと恋心を持っちゃう。おませさんなのですね。そういう曲だったりしますが、曲だけで心の弾む感じが伝わってきてしまう、ということですね。
オペラというのはもともとイタリアで生まれたわけですからイタリアで発達し、今でも「歌の国イタリア」と呼ばれ続けています。
――そうですね。後世になりますが、ヴェルディやプッチーニが作曲した有名なオペラがありますね。
野本 そうなんです。ロッシーニとか、いっぱいいまして、オペラはイタリア語で歌うものとして発達したんですね。ところがモーツァルトは、ドイツ語でもそれができるんじゃないかということに、果敢にも挑戦した人なんですね。
――イメージで言うと、たとえば歌舞伎は当然日本語でやっていますけど、それが韓国語なり中国語でやるのと似た発想ということですか。
野本 そうですね。モーツァルトの挑戦したドイツ語は、やたらと子音が多い。だから歌には乗りにくい発音だと思われて、オペラには使われてこなかったんです。彼は、ドイツ語の『魔笛』という歌芝居に曲をつけます。これはおとぎ話みたいなお話で、王子様がお姫様を助けにいく。そのなかでいろいろな試練があるという楽しいお話ですけれども、非常に優れた曲をつけ、大ヒットしていくわけです。
●思いついた美しいメロディをメドレー的につなぐ
野本 このように、モーツァルトは人を喜ばせることが好きだった。じゃあ、交響曲はというと、交響曲を聴きに来るのは、貴族ではない一般大衆が主流でした。あまり音楽の知識がなくても、何か最後に「わあー、すばらしかった」となって終わる曲。それが交響曲だとモーツァルトは考えていたので、まさに娯楽ジャンルの音楽だと思っていたんですね。
――交響曲も、後期のほうに非常に有名なものがありますね。
野本 そうなんですね。一番最後のほうの交響曲、第39番、第40番、第41番を「3大交響曲」と言いますけれども、第40番の交響曲というのが
<ピアノ演奏>
非常にいい曲、いいメロディですね。モーツァルトという人はこういうきれいなメロディをとにかくパッと思いついてしまう天才作曲家だったんですね。
――ハイドンが尊敬していたのは、やっぱりそういうところなんですかね。
野本 そうですね。「こんな発想はなかなかできない」みたいなのを、パッと思いついてしまうのがモーツァルトでした。ハイドンというのは理詰めで曲を作っていくタイプの人だったんですが、モーツァルトはとにかく次々にメロディを思いついてしまう。今のメロディもそうですが、次も思いついちゃった、次も思いついちゃったというふうに、メドレー的につくっていくタイプの作曲家だったんです。でも、それがお客さんからすれば非常に自然で、抵抗なく聞こえてしまうという特徴があります。
交響曲ではないのですが、交響曲に似た曲で、皆さんもご存じだと思いますけど。
<ピアノ演奏>
ここまでメロディがあると、次は全然違う。
<ピアノ演奏>
また違う。
<ピアノ演奏>
というふうに、次々違うメロディが出てくるのが、モーツァルトなんですね。
――曲想というか、最初、縦に割ったようなところから流れるようなところへ行って。それが自然につながるところが天才ですね。
野本 そうなんです。そこが天才なところだと思いますね。
●ベートーヴェンは知らなかった「アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク」
野本 ちなみに今の曲は「アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク」、いわゆるセレナードという類いの音楽です。皆さん、この曲を1回は聞いたことがあると思いますが、事実上、20世紀に発見された曲なんです。
――そうなんですか。
野本 そうなんです。ですから、ベートーヴェンやシューベルト、チャイコフスキー、ワーグナー、ヴェルディといった人たちは、この曲を知らない。聴...