●「ジャジャジャジャーン」が鳴り続ける第5番
野本 ベートーヴェンが第3番「英雄交響曲」で飛躍的な進歩を遂げたことを前回お話ししました。その次に有名なのは、交響曲中の交響曲と言われるこの曲ですね。
<ピアノ演奏>
これはもう絶対誰でも知っている曲ですね。日本ではこの曲を「運命交響曲」と言っておりますけれども、本人が名づけたタイトルではございません。
――一般的な、ニックネーム的なものですね。
野本 ニックネームですね。正式には交響曲第5番。これが、すごいんです。何がすごいかというと、作曲の技術が、もう研ぎ澄まされているのがこの曲なんです。これは、リズムが1種類しかないんですね。
<ピアノ演奏>
「ジャジャジャジャーン」。これしかない。リズムは、これ1種類。これで全部をつくりあげている。
<ピアノ演奏>
そうすると、「ジャジャジャジャーン、ジャジャジャジャーン、ジャジャジャジャーン、ジャジャジャジャーン、ジャジャジャジャーン、ジャジャジャジャーン、ジャジャジャジャーン、ジャジャジャジャーン、ジャジャジャジャーン、ジャジャジャジャーン、ジャジャジャジャーン」と。
<ピアノ演奏>
全部「ジャジャジャジャーン」のリズムだけで、この曲を作っちゃえということですね。
――1楽章は本当にこれだけですけど、その後はどういう感じですか。
野本 この後どうなるかと言うと、第2楽章もこういう感じです。
<ピアノ演奏>
やはり「ジャ・ジャ・ジャ・ジャーン」なんですね。第3楽章の、これもそうです。
<ピアノ演奏>
「ジャジャジャジャーン、ジャジャジャジャーン」なんですね。これで終わりかと思うと、とんでもない。ベートーヴェンは第4楽章でも、こういう感じです。
<ピアノ演奏>
「ジャジャジャジャーン、ジャジャジャジャーン、ジャジャジャジャーン」。もっともっと最後に行きますと
<ピアノ演奏>
「ジャジャジャジャーン、ジャジャジャジャーン」。これが、ずっと鳴っているんですね。
●第5番の画期的作曲術は、「大根1本でフルコース」
野本 つまりベートーヴェンは、この「ジャジャジャジャーン」というモチーフ(音楽用語で、材料や部品にあたります)、これ1個で45分間、全部通して曲をつくれます、ということです。
そのことの何がすごいか。料理にたとえてみれば、「大根1本あれば、フレンチのフルコースがつくれます」と言っているようなものです。本来なら、ハマグリもあり、牛肉もあり、新鮮な野菜もあり、いろいろな材料を用いてフルコースをつくる。ところがベートーヴェンは、大根1本でそれができちゃうんです。
――たとえば、モーツァルトはどんどん。
野本 そうなんです。次々に今度はこっちの食材、こっちの食材と飛んでいく。全部新鮮なんですけども、そういうものでつくっていくわけです。ベートーヴェンは、とにかくあまりにも限られている素材だけなのに、大交響曲がつくれてしまう。この作曲技術が、ベートーヴェンで最高峰まで極まってしまうという感じなんですね。これは、すごいんですね。
――確かにすごいですね。
野本 すごいんです。これはもう本当に「この素材」にこだわり続けないとできないことです。モーツァルトと逆に、ベートーヴェンはあまりいいメロディをすぐに思いつかないタイプの人だったので、1個思いついたら徹底的に使ったんですね。
ですから、ピアノソナタでも同じようなものがあります。「熱情ソナタ」というのが
<ピアノ演奏>
「ジャジャジャジャーン」って、ここにも出てくるんですね。この「ジャジャジャジャーン」が、この曲の中にはいっぱい出てきます。実はこっちの曲のほうが先につくられ、その後で、「この『ジャジャジャジャーン』って、使えるじゃん」ということで、交響曲第5番に結実していくんですね。本当に数少ない素材をどんどん発展させて、大きい交響曲まで至るという、それがベートーヴェンの作曲術で、画期的なことだったんです。
●第5番と双子だった第6番「田園交響曲」
――すごいですね。ある意味、それまでの交響曲のイメージを変えてしまったということなんですね。
野本 そうです。ガラリと変えてしまいました。つまりベートーヴェンがすごいのは、ひとつは「職人から芸術家へ」と意識を変えたこと。そしてもうひとつは、交響曲のように、「作曲は、少ない材料で徹底的に構築していくものだ」ということ。そして、それをみんながまじめに聴くものだというふうに音楽観を変えてしまった張本人ということなんですね。
――交響曲で言うと、第3番、第5番と来て、次に有名なのが。
野本 本当は第6番の「田園交響曲」もね。
<ピアノ演奏>
これも有名なんですけど、実は第5番と第6番は同じ時...