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自由・平等・博愛の理想を歌う「第九」の秘密と仕組み

ピアノでたどる西洋音楽史(7)現代に生きる「第九」

野本由紀夫
玉川大学芸術学部芸術教育学科 教授
情報・テキスト
日本では年末の風物詩になって久しいベートーヴェン第九だが、そのメッセージは「自由・平等・博愛」というフランス革命の理想そのものだ。ベルリンの壁崩壊直後の演奏会では東西の演奏者が同じ舞台に上がり、「世界はひとつ」を実演して見せた。(全11話中第7話)
※インタビュアー:川上達史(10MTVオピニオン編集長)
時間:11:15
収録日:2019/09/04
追加日:2019/12/06
カテゴリー:
≪全文≫

●合唱だけではない、第九のすごさ


野本 ベートーヴェンのなかでも究極の曲といえば、何と言ってもやっぱり「第九(交響曲第9番)」が世界史に一番影響を与えた曲ではないでしょうか。

――第九は、ロシアのバクーニンでしたか、アナーキストでさえ「この曲だけは残す」と言ったという有名なエピソードもありますけれども。

野本 そうですね。

――日本だと、第九というと年末の風物詩的な。

野本 そうですね。日本ではもう年末の曲になってしまっていて、それもいい面がたくさんあるんですけれどもね。

――曲的に言うと、「すごさ」はどういうところにあるんですか。

野本 この交響曲は、とにかく音符の数がものすごく多い。それまでにベートーヴェンが書いた交響曲全部の音符を足したぐらい、この1曲であるんではないかというぐらいで、とにかく長大な70分ぐらいかかる大曲です。

 そして、この曲も「ジャジャジャジャーン」ではないものの、やっぱり統一しようとしているんです。統一とはどういうことかというと、ある部品から有機的に曲を生み出していこうという発想なわけですけれども、第1楽章は

<ピアノ演奏>

 このように始まりますが、「レ・ラ」という音で始まっています。第2楽章は

<ピアノ演奏>

 やっぱり「レ・ラ」でこの曲を始めようとしている。第3楽章

<ピアノ演奏>

 やっぱりこれも「レ・ラ」と始めようとしている。ここまででも、もうすでに1時間弱ぐらいかかっていて、それもすごいんですけれども。ところが、皆さんご存じの第4楽章は

<ピアノ演奏>

 「レ・ラ」で始まっていないんですね。今までこんなにこだわってつくってきたベートーヴェンがどうしたんだろう、と言うと、実は第4楽章は別の曲を無理矢理くっつけちゃったから、そんなことになっているんですね。もともとは「歓びの歌」の代わりに

<ピアノ演奏>

 やっぱり「レ・ラ」で始まる曲を書いていたんです。でも、それを追い出してしまって、「歓びの歌」を導入することになってしまったんです。


●第3楽章までを否定する重みと規模とメッセージ


野本 本来交響曲というのはオーケストラ「だけ」の曲のことをいうのに、独唱や合唱、いわゆる「声」を導入してしまった。本人としてはどうも納得がいっていなかったようなんですが、しかし交響曲に歌を導入したことは、結果的にはその後の音楽に大きな影響を与えていくことになりました。

――いま「レ・ラ」、「レ・ラ」と来て、4楽章は違うということで、それに対するエクスキューズかどうか分からないですが、4楽章の冒頭では1から3まで全部出しては「これじゃない」、出しては「これじゃない」という繰り返して、今の「歓びの歌」が流れると、「これだ!」という構成にしたわけですね。

野本 そうです。そういうふうな構成にしたんですね。ベートーヴェンの「第九」は1822年から24年にかけて作曲されました。24年に完成する半年ぐらい前に、「あっ、そうだ。第1楽章、第2楽章、第3楽章を否定する音楽を付けよう」と初めて計画する。割に直前に決めたことらしいですが、そうすることによってすべての楽章が、なんとか有機的に結びつく曲になったわけです。

 ベートーヴェンの「第九」のすごさは、規模にもあります。それこそベートーヴェンの作曲術の集大成になっているという意味でもすごいですけれども、やはり歌によってメッセージをはっきり伝えている点が、すごいわけですね。もちろん作詞したのはベートーヴェンではなくて、フリードリッヒ・シラーです。ゲーテと同じときに同じ町に住んでいた、ドイツの二大文豪の一人です。

 シラーがつくった「歓喜に寄せて」という詩の全部に曲をつけたわけではなく、ほとんど一番初めの部分の詩だけに作曲をしているんですね。つまり、ベートーヴェンからすれば、そこだけでメッセージは十分だったというわけで、じゃあ、彼は「詩」に何を読み取ったのかということですね。


●自由・平等・博愛の理想を歌い上げた「歓びの歌」


野本 ご覧いただいているなかには、多分この曲を歌われた方も多いと思います。"Freude schöner Götterfunken, Tochter aus Elysium"。これが最初の部分ですけれども、「喜びよ、神々の火花よ、そして楽園=エリシオンから来た娘よ」というふうに歌っています。

 「喜び」というのは、実は女性名詞なんですね。「娘」はもちろん女性です。歌詞をずっと読んでいくと、どうも女性=女神、さらに言うと「自由の女神らしい」という意味で、ベートーヴェンが作曲しているらしいことが分かってきます。もちろん歌っていらっしゃる方は、よりメッセージ性を感じて歌っていらっしゃると思います。そうすると、最終的に「人類みな兄弟になる」と書いてあったりして、まさに博愛の精神そのもので...
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