●ピアノの魔術師リストが交響曲で行った発明とは
野本 ベートーヴェンの六番からベルリオーズという人が現れますが、ベルリオーズの友だちというのが、ベルリオーズを入れて3人いました。前回お話ししたワーグナーと、彼の2歳年上で、これまた本当に大親友関係だった人に、リストがいました。
このシリーズの最初に……。
<ピアノ演奏>
リストの「愛の夢」第3番を弾きました。もちろんリストの場合は「ピアノの魔術師」として世界的に有名で、史上最高のピアニストだったと言われたりもします。ピアノ音楽ではショパンと並んで重要な人ですが、実はオーケストラのほうでも発明をした人なんです。
それが何かというと、「交響詩」です。英語では"symphonic poem"、ドイツ語ではSymphonische Dichtungといいます。どういうものかというと、ベートーヴェンが始めた、音楽にタイトルを付けたり、感情を言葉で説明するような路線を拡大していこうという流れです。だから交響的な詩であり、つまり曲を説明する詩を書いちゃうんです。タイトルだけじゃなくて、詩まで書いてしまおうということを、リストは発明したんですね。
ベートーヴェンにとってはあくまでも交響曲が音楽の最高峰でしたが、彼の到達した交響曲をさらに発展・進化させようとしたのが交響詩なんですね。より音楽と言葉が結びつく。歌うことはなくて、あくまで音楽はオーケストラがやるんですが、目で詩などを読みながら鑑賞するという新しいスタイルを発明したんです。
―― ベートーヴェンの第九は交響曲の中に歌を入れてメッセージ性を持たせたわけですけど、さらに文芸的な要素を加味していくわけですね。
野本 そうです。ベートーヴェンの第九の場合は歌ってしまうので、結局どこかの言語で歌うことになりますけれども、交響詩では歌わない文字を書いている。だから、何語に翻訳してもよくて、意味は変わらない。メッセージは何語であってもいいよということです。
●チェコの民族独立の思いが込められた「交響詩モルダウ」
―― (第九より)もっと普遍性が高い。
野本 そうなんです。よく音楽は世界に通じる言語であり、「国境を越える」みたいに言いますが、その場合の国境というのは言葉のことですよね。「言葉の壁」というのはどうしても大きいですが、オーケストラ(楽器)の音楽だと国境を越えることができるんです。そういう音楽として、リストが交響詩を発明した。19世紀には多くのロマン派の人たちが出てきますが、この時代に新しく生まれたものは交響詩だけで、その唯一の発明をリストが行っているんですね。
交響詩は何が重要かと言うと、先ほども言いましたけど、メッセージを伝えることができる。だからこそ、こういう曲が生まれるんですね。
<ピアノ演奏>
(チェコの作曲家・スメタナが作曲した)「交響詩モルダウ」。最近はチェコ語で「ヴルタヴァ」と呼ばれますが、これ、交響詩なんです。何を言っているかというと、「チェコ民族の民族的な自立を果たしていこう」ということを、この曲の中に込めているわけですね。
というのも、チェコやポーランド、フィンランドなど、いわゆる被支配の国々の人たちは、やっぱり民族独立の思い、国として独立したいという思いが非常に強い。しかし、それを政治の行動で起こしてしまうと流血沙汰になったりしてしまうわけです。
ですから、手近に表現できる音楽から、まず民族独立を果たしていこう。音楽で民族性というものを広めて、みんなで、「ああ、ほんとにチェコってすばらしいよね」と共感してもらおう。そういう音楽的な手段として、使うことができたわけです。
●東欧や北欧に広まり、歴史を動かした交響詩
野本 リストが発明した交響詩は、そういう東欧や北欧の人たちに、「この形式、いいよね」ということで広まっていきます。そうして、19世紀の終わりになったり、最悪は20世紀に入ってしまいましたが、最終的には民族の独立につながっていったわけなんです。
―― 1989年のベルリンの壁崩壊の後、チェコは東側の国でしたが、ソ連の支配下に入る。それがソ連の軛を離れて、一気に独立に向かう。そのときに、チェコでは「わが祖国」という交響詩を大々的に演奏したわけですね。
野本 そうですね。スメタナの交響詩は6曲セットで、「わが祖国」という全体タイトルが付いています。そもそもは、第2次世界大戦が終わったときに「プラハの春音楽祭」というのを始めていて、その開幕コンサートでは必ずその6曲の交響詩を演奏することになっているんです。
しかし、その後ソビエトによって事実上支配されてしまって、形としては独立国なんだけれども、ソ連の支配下にあるという状態が続く。ところが、ベルリンの壁が壊れた翌年にはソ連解体という、信じられない歴史的なこ...