●フィクションの忍者のイメージは江戸時代後期につくられた
―― 実際のところ、戦国時代の忍びというのがどういうような存在だったかというところなんですけれども、これは武士のなかに位置づけられる形になるわけですね。
高尾 まず、前回フィクションの忍者の話をしましたけれども、彼らはだいたい黒づくめの装束を着ていますね。頬被りして、上は袂(たもと)のない筒袖の和服を着て、下はカルサンと呼ばれる袴です。カルサンという袴は、足の先が細くて紐でまとめてある袴のことですが、それを着て、石垣をよじ登ったり、屋敷のなかに忍び込んだりして、危険が迫ると十字の手裏剣を投げるというのが、皆さんが思い浮かべる忍びの姿なんじゃないかなと思います。
―― よく時代劇に出てきがちなイメージですね。
高尾 はい。こういうのは江戸時代から現代にかけてだんだんとつくられてきたフィクションの忍者の姿ということになります。ですので、そのことも非常に重要な研究対象にはなるんですが、これからお話しする史実としての忍者、実在した忍者とは違うということになります。黒づくめの格好の姿は江戸時代後期にだんだんと物語の挿絵のなかで成立してくるということです。
●実は実用性に乏しい十字手裏剣
―― 江戸時代後期なんですね。
高尾 はい。江戸時代後期です。ですから、それ自体古い歴史を持っています。十字手裏剣には星形になっているものもあり、十字手裏剣とか、星形手裏剣とかといわれますが、実際、江戸時代に成立した忍術書にはそういう手裏剣のことが書いてあるんです。だから、実際存在しなかったとは言えないけれども、その手裏剣を持つところがない。つまり把手がないんです。だから実在したかどうかはあやしいというか、実用性がないんじゃないかと言われているんです。
実際、手裏剣には棒手裏剣というものがあります。棒のような形になっていて、手に持って投げる。このことを「打つ」というんですが、そういうものは一般的にあるんですね。だから、十字形とか星形といったものはなかなか実用に適さなかったんじゃないかと考えられているんです。
棒手裏剣自体は、武士一般の護身具で、忍者だけが使っていたものではないということなんです。だから忍者といえば、星形・十字手裏剣という、切っても切り離せない関係だというのは、フィクションであるといえるでしょう。
―― そうすると、その手裏剣は一般の武士の護身具で、ある意味では近接戦闘用として弓矢が届かないぐらいの範囲で使っていたということですか。
高尾 ええ。棒手裏剣に関しては、不意に襲われたときに投げるものです。投げるものであれば、実は何でも良くて、灰を混ぜた目潰しでもいいですし、「つぶて」といわれる石でもいいですし、先ほどご紹介した棒形手裏剣でもいいわけです。相手に襲われたときに不意に投げて、相手がびっくりしている間に自分の体勢を整えるというときに使うので、手裏剣自体で相手をどうこうするということはなかなか難しいんじゃないかなと思います。
●戦国期の忍者の主な任務
―― なるほど。そういうお話を伺ってくると、だんだん忍者のイメージも変わってきますね。では実際、戦国期の忍者がどういうことをやっていたかということになるんですが、そこはどのように分析をされていらっしゃいますか。
高尾 ひと言でいうと、特殊任務に就いている足軽が当時の忍者ということです。特殊任務とは忍びの術のことですが、特殊任務に就いている足軽には、忍び、つまり忍者以外にもいます。例えば荷物を運んだり、鉄砲を撃ったり、陣地を掘ったり、そうしたいろいろな特殊任務に就いている足軽はいるんですが、そのなかで特殊技能を必要とする「忍び技術」を持った足軽が、忍者、忍びであったということです。
では、忍者の任務とは何かというと、大きく分けて四つ、あるいは五つほどありまして、一つ目は「情報探索」です。
―― いわゆるスパイですね。
高尾 そうですね。戦争をしている、していないにかかわらず、自分の領国もそうですけれども、謀叛をされたり、一揆を起こされたりということもあるからです。また、他の領国に行って情報を収集してくることも、日常業務ですね。
それから二つ目は「斥候」といわれる業務です。ちょっと難しい言い方ですけれども、戦争になりますと、相手と味方で陣を組んでにらみ合うわけです。そういうときに、敵がどれぐらいの兵力があるか、どういう装備なのか、兵糧がどれぐらいあるか、そういうようなことを偵察する、いわゆる軍事偵察に当たるものです。そういうようなこともやっています。
それから三つ目に「奇襲」というものがあります。戦争の...