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歴史には進歩で捉える見方と過去の関係で捉える見方がある

日本近現代史と歴史認識(1)歴史の見方、捉え方

山内昌之
東京大学名誉教授/歴史学者/武蔵野大学国際総合研究所特任教授
情報・テキスト
『日本近現代史講義-成功と失敗の歴史に学ぶ』
(山内昌之・細谷雄一編著、中公新書)
山内昌之氏が執筆、編集を担当した『日本近現代史講義』に基づき、日本の現代政治の構造、日中・日韓関係についての理解を深めるシリーズ講義。山内氏は歴史とは時間が基礎的な素材であり、大きな「時間の区分」を単位として、歴史を進歩の文脈で捉えることが肝要だと説く。(全3話中第1話)
時間:12:17
収録日:2019/08/22
追加日:2020/02/02
キーワード:
≪全文≫
基礎的史実を踏まえ日本の近現代史を考える

 皆さん、こんにちは。

 今日はまず、『日本近現代史講義-成功と失敗の歴史に学ぶ』(中公新書)という本についてご紹介しながら、しばらく連続的に日本の近現代の歴史の構造、またそれをつくりあげていった徳川時代、日本近世の「日本1・0」に関わる問題などについてお話ししたいと思います。歴史とは何かというやや上段に構えることになりますが、少し大きな見方、構造でものを考えていくことにしたいと考えています。

 私は友人たちと一緒に『日本近現代史講義-成功と失敗の歴史に学ぶ』(中公新書)という書物を出しました。

 この中にはおよそ14編の論文、論説が入っていて、中国近代史、日本近代史、日中関係史、あるいは日韓関係史の先生方が参加してくださり、現在の日韓関係日中関係、ひいては日本の現代政治の構造を理解するための基礎的な知識について記述しています。いろいろ議論する際には基礎的な史実や事実というものが踏まえられていなければいけません。その基礎的史実の捉え方などについて、バランスのとれた見方を保証しているのではないかと、私たちは自負しています。

 私はこの本の中で全体の編集に当たりましたが、同時に明治維新から150年余り日本近現代史の研究を、プロパーの日本近現代史の専門家とはやや違う問題意識の視点で、世界史と融合した新しい歴史を模索する。そういう一助としてこの書物の編集を心がけました。

●2つの大戦は日本にとって不幸であり幸運でもあったという見方


 私の大好きな古代のエッセイストのはしりでプルタルコスがいますが、プルタルコスは『モラリア(倫理論集)』の中で、次のようなことを言っています。それは「ああ、不幸なことは幸運なことよりも、なんとたやすく世間の耳に届くことか」と。よいことはなかなか人々の耳には届かない。しかし、悪いこと、不善なることはすぐ耳に入り世間の間に広まる、という現代の日本、あるいは日韓関係日中関係で起きているようなことを喝破するかのような指摘でありました。

 例えば、2015年は第二次世界大戦の終結、すなわち日本の敗戦から70年に当たっていました。この70年という数字ですが、よく私たちは50周年とか70年とか100年、こういう単位でものを考えます。しかしながらよく考えてみると歴史を考える上で、100年であるとか70年であるとか、このような数字というのは、私に言わせると格別に専門的な意味があるわけではありません。

 他方、2018年は第一次世界大戦の終結から、その意味でいえば100年に当たっていたわけです。この第一次世界大戦の終結と第二次世界大戦の敗北というのは、日本人にとって非常に不幸な事件であった。それと同時に幸運であったという考えもあるわけです。


●世界大戦が「災い転じて福となす」となったわけ


 幸運であったというのは、第一次世界大戦で日本は連合国の側に立って参戦しながら犠牲を出さずに、日本のその後の繁栄やインフラストラクチャーの基本をつくり上げることになったという意味で、その犠牲を最小限にとどめたということになります。

 第二次世界大戦は多くの不運や悲劇に彩られていますが、これを長いスパンで見た場合に、日本はそれによって平和国家として新しい時代をつくり、その後世界に対して大きく貢献する。そういうことになったという点では、ある意味、「不幸を転じて幸いとなす」「災いを転じて福となす」という古典的な命題が当てはまらなくもないケースだったかもしれません。少なくとも後世の歴史家はそのようにして捉える可能性があります。


●敗戦を境に日本史は大きく変わった


 他方、第二次世界大戦の敗戦というのは、しかしながら忘れることのできない重みをもっていることは事実です。それを考える際に、「時間」という単位でもう一度基礎的に問題を考えるとすれば、歴史というのは基礎的な素材というのは何と言っても時間です。時間というのを問題にするというのが歴史の基本ですが、歴史というのはおおむね進歩することによって進んでいくという考え方が、これまで緊密に人々の心を捉えてきました。

 日本の敗戦という事実を歴史的に見てみます。例えばイエス・キリストの生誕であるとか、預言者ムハンマドがイスラムの啓示を受けたとか、こういう西洋暦の元年、あるいはイスラム暦、俗に言うメッカからメディナに聖なる遷(うつ)りをしたということで聖遷、ヒジュラ暦元年というような時間のように、政治外交やあるいは社会文化で起きた流れの中で意味を求める代表的な出発点として、年代記的な出発点を確定する上で、日本の敗戦という史実がある意味を持つのは事実なのです。

 つまりそれは、日本の敗戦の...
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