●トゥキディデスの罠
ここまでお話ししてきた通り、中国は長期的な戦略で邁進しています。アメリカは自国の覇権、特に技術的な面で覇権を脅かすということで、警戒感を高めています。この米中対立以前にも、覇権をめぐってたびたび戦争が起こっています。これを「トゥキディデスの罠」といいます。ギリシャの歴史学者トゥキディデスが描いた、紀元前5世紀のスパルタとアテネの覇権争いが、ペルポネソス戦争につながり、アテネが勝利しました。このことから「トゥキディデスの罠」とは、覇権をめぐる競争が戦争へと繋がってしまうことを警告しています。
ハーバード大学のベルファーセンターで、グラハム・アリソン教授を中心に応用歴史学の「トゥキディデスの罠研究プロジェクト」が何年か行われていました。この研究の結果、過去500年間の歴史を詳細に振り返ると、新興国が覇権国を脅かしたケースを16件確認し、そのうち12件で戦争が起きたと報告されています。
現在、中国が新興勢力として事実上の強力な覇権国であるアメリカを追い上げていることは明白です。トランプ政権はその中国に対して、経済力を減殺すべく高関税を賦課しています。また戦略的に極めて重要な通信インフラの構築で世界をリードしているファーウェイをはじめとする先端ハイテク企業に対して、アメリカ発の部品や技術の輸出禁止措置という制裁を科しており、事実上の戦争状態に近いといえます。この対立が「トゥキディデスの罠」に陥って、本当の戦争に発展するのかという点を、世界は固唾を呑んで注視しています。
アリソン教授は、覇権国アメリカに強迫観念と警戒感を抱かせる近年の中国の激しい追い上げを詳細に記述していますが、その内容は省略します。
●アメリカの懸念と中国国家の独裁的傾向の高まり
この中国の急速な台頭の中で、アメリカの経済力が相対的に低下します。覇権の相対的低下に関しても、懸念が始まっていると指摘しています。アリソン教授によると、アメリカ人はなぜか経済の優位はアメリカに不可分の権利で、アメリカのアイデンティティの1つだという認識も、ナイーブなアメリカ人は持っているということです。
中国がここまで急激に台頭してきたのは、実はアメリカがとってきた中国を仲間に入れる戦略が間違いだったという考えが、今、対中強硬派に広く持たれています。中国の1980年代以降の急速な発展で、中国の所得が上昇し、中産階級が増えました。そうすると自由への欲求が増え、アメリカ型民主主義への理解と同調が始まると考えられました。ゆえに、世界経済の仲間に入れようと、アメリカは対応してきたわけですね。その結果、中国は世界貿易をテコにして、非常に急速に発展しました。
ところが、習近平政権は中国強国化戦略だとか、「一帯一路」、「AIIB」、「新型大国関係」などを主張し、国際的影響力の拡大戦略を取っています。しかも、2017年10月の第19回共産党大会、それに続く翌年3月の三中全会の憲法改正では、習近平体制の一強体制を恒久化するための議論がなされました。これまでは慣例として、主席の任期は10年間だったのですが、その10年間という規定を憲法上取り去るという議論です。したがって、終身主席となる可能性があり、独裁者となる可能性があります。これは実は毛沢東以来初めてなのです。
●双方の認識と対応の変化が今日の経済的対立を生んでいる
このような変化が起きたので、中国への警戒感は否が応にも高まり、対抗措置の必要性が叫ばれるようになりました。このような状況下で、オバマ政権は戦略的忍耐といって、何もしませんでした。対して、トランプ政権は大きく態度を変え、いきなり高関税を賦課するという攻撃を仕掛けました。その結果、中国の輸出が減退し、成長も鈍化します。報復関税で応ずると、アメリカにも少しダメージがありますが、中国の国民生活がひどく圧迫されることになり、結果として中国経済が弱体化することになります。このようなシナリオに基づいて、アメリカは中国を攻撃しているのです。
このような状況の中で、通信インフラは国防の根幹になります。通信は情報の授受と収集の基本インフラです。特に高速通信、超信頼、同時多数接続ができる5Gに関して中国が先行しているために、その中にバックドアがもし仕掛けてあれば、瞬時に中国国内のみならず、世界中の情報を吸収することができます。そうした危険なファーウェイを今、潰しておかないと、覇権を維持するために必要な情報インフラの優位性を失うことにつながりかねないということなのです。
ファーウェイは高度な国際分業と協業のメリットを生かして発展した企業です。もしファーウェイが依存するアメリカ製、あるいはアメリカ発の枢要部品や技術が禁輸されれば、ファーウェイは糧道を断たれて衰滅せざるを得ませ...