●米中が互いに主導権を握ろうとした結果対立は激化していった
実はこうした措置の前段階として、以下のような出来事がありました。ファーウェイの孟晩舟副会長が逮捕された後、ドナルド・トランプ大統領は中国に対して、2月末、つまり3月1日まで交渉を延長すると言っていました。トランプ大統領は2月24日に、3月1日以降まで延長して良いという提案をしました。それに伴って、事務方の交渉が進んでいました。これに関して、大変順調に進んでいるとツイッターに書くほど、機嫌が良かったのです。
ところが、5月10日に突然、中国は9割完成していた合意文書案の7章分を大幅に修正して、一方的に送付してきました。アメリカ政府は対抗措置として、これまでかけていた10パーセントで2000億ドル規模の関税を、25パーセントに引き上げると言明して、直ちに実行しました。
この文章の大幅な変更には、以下のような顛末があったといわれています。習近平主席の中学時代の同級生で抜群の秀才だった劉鶴(Liu He)副首相が、交渉代表をしています。この人がアメリカの圧力に妥協して、合意した文書がありましたが、習近平主席はこれを見て、こんなものは受け入れられないといって、大幅に加筆修正してしまったのです。これにアメリカ側が大反発をして、突然関税を10パーセントから25パーセントに引き上げて険悪な状況になりました。中国ウォッチャーとして日本で大活躍している朱建栄教授は、この状況を「米中の交渉過程のどんでん返し」と呼んでいます。
このどんでん返しの直後に、劉鶴副首相がアメリカを訪問して協議しました。しかし、想像されていたように、物別れに終わりました。劉鶴氏はワシントンDCを離れる直前に、記者団に対して、「われわれは3つの原則に関しては絶対譲らない」といいました。その原則とは、1つ目は追加関税の撤廃です。2つ目は貿易購入数量に関して、アメリカが時々恣意的に変えることがあるそうですが、それは認めないということ。最後に、お互いの尊厳を認めて、均衡性のある対等の文書に改善すべき、と主張しました。
アメリカ側はもともとそうしたことを守る気はないので、こうしたことを劉鶴氏が指摘したということは、中国は最初から交渉に結果を期待していないと考えられます。そして、自分たちのペースに持っていこうという作戦があったのではないかと観測されています。
この「5月の反転」の5日後の5月15日に、トランプ大統領は「情報と通信技術とサービスのサプライチェーンの保護」という大統領令にサインしました。その内容は、外国の敵から自国産業を保護する国家緊急事態宣言です。敵とされたのは、ファーウェイであり、ファーウェイへの対応を国家緊急事態と認識したという大統領令です。
その翌日、米国商務省のロス長官が取り仕切って、ファーウェイは米国の国家安全保障や外交に問題をもたらす懸念のある企業だとして、エンティティリストに記載して、公開しました。エンティティリストの日本語訳として適切なものはあまり見かけませんが、私個人では「特別規制対象リスト」と呼んでいます。これは商務省の安全保障局の輸出管理規則に基づく措置で、米国の安全保障や外交に問題をもたらす企業や組織や個人をリストで公開し、公開した直後から、問題のある品目に輸出を制限するものです。
この決定により、ファーウェイは5月16日以降、事実上アメリカの企業から部品を購入できなくなりました。直接の輸入だけではなく、他国からの米国製品の間接輸入もできなくなりました。
●ファーウェイへの禁輸措置がサプライチェーンに与えた影響は甚大
ファーウェイは、おそらく世界で最も多くの国々の多くの企業と協力関係を高度に発展させてきた企業といえます。つまり、国際的な分業と協業のメリットを最大限に生かして、効率的な資源配分を達成して、急速な成長を実現してきた企業なのです。ファーウェイは、2018年に大口取引先として認定している世界の優良企業92社のリストを発表していました。その中にはアメリカのIT大手企業が33社も含まれていました。これらから110億ドルもの半導体部品などを調達していたといわれています。
例えばファーウェイのスマートフォンは大変品質が高いのですが、部品の6割は海外製品に依存しています。これまでグーグルのOS「アンドロイド」や、イギリスのARM社のCPU、アメリカの半導体企業クアルコムから年間5000万セットのコアチップを輸入するなど、ファーウェイのサプライチェーンに対する国際的貢献度は世界でおそらく最も高いと思います。世界170カ国にわたるファーウェイを介したサプライチェーンを、エンティティリストへの追加によって崩壊させようという意図があるのです。
この措置を受けて、ファーウェイとの取引を停止する企業が、アメリカはもちろ...