●中国の躍進と中国の夢
最後に、ハイテク覇権戦争の展開と行方に関して、以下の4点を皆さんと一緒に考えたいと思います。
まず1つ目は、中国の躍進と中国の夢、「中国夢」です。中国の近年の躍進は、開発途上国から先進国をめざす移行過程で、いわゆる中進国の罠に陥らないために先進的なアメリカの情報技術を学び、経済の質の向上を官民挙げて追求した結果です。しかし、単にそれだけということだけではありません。
より大局的に見ると、習近平主席が指摘するように、アヘン戦争以来の180年に及ぶ屈辱の歴史を克服し、本来の中国人民の力を発揮する。そうして、中華人民共和国建国100年にあたる2049年までに、経済的な発展を達成し、そしてその結果として、真の強国になることをめざすという、長大で真剣な国づくりの思想がその根幹にあるわけです。
さらに、中国の文明史は3000年の長さを誇るのに対して、アメリカ合衆国の歴史はまだ2世紀半に満たない短いものです。中国は2000年にわたって世界最大の帝国でした。そうした考えのもとで強国中国の再興をめざしているとすれば、中国は容易に掲げた目標を下ろすことはないだろう、と考えられます。
●ハイテク覇権戦争が収束する可能性
2点目は、この対立が収束する可能性です。中国が壮大な国家的野望の達成に向けて総力を挙げて取り組んでいる一方、アメリカも世界に君臨する覇権国として、中国に簡単に譲歩するわけにはいきません。とりわけ、国家統治の価値観が大きく異なるだけに、おそらく双方とも妥協は難しいと考えられます。トランプ大統領の最大の目的は、大統領選での勝利なので、その限りでディールもあり得ます。しかし、中国への警戒感、敵対意識はいまや民主党も含め、アメリカの指導層に広く浸透しています。特に軍と諜報部門は、強く警戒感を持っています。
中国はアメリカの関税攻撃に対して、日中戦争中に毛沢東が唱えた持久戦戦法、つまり遭遇戦、陣地戦、逆転攻勢などの戦略を唱えています。こうした状況では、収束には非常に長い時間がかかりますし、その可能性は現状ではほとんど見出せません。
●アメリカと中国による世界の分断はあるのか
そうすると、3番目の問題提起として、アメリカと中国による世界の分断はあるのかという疑問が出てきます。通信などの中国のハイテク企業に対し、アメリカは彼らがこれまで依存してきた重要部品や技術の禁輸措置によって締め付けを図っています。他方、ファーウェイなど中国の企業は、それらを自前で生産するなど技術の自立化を図っています。アメリカの締め付けと中国の技術自立化が進むと、これまで世界を包んでいたサプライチェーンが分断されます。大げさにいえば、世界はアメリカ経済圏と中国経済圏に分断される可能性も指摘されますが、果してそれは現実となるでしょうか。
米中の新冷戦といわれますが、かつての米ソ冷戦と違って、米中による世界経済の分断は恐らく起きないのではないかと考えられます。米ソ両国は経済的にほとんど交流がありませんでしたが、米中経済は依然として世界で最も相互依存・相互浸透の進んだ関係にあります。ですので、事実上、分断は困難だと見られています。ハイテクの領域では相互依存や浸透の程度は低下すると思われますが、経済全体としては不可分の関係が続くのではないかという見通しです。
●日本への警告と課題
最後の問題として提起したいのは、この米中覇権戦争に直面して、日本は自国の維持に関して、かなり難しい選択が迫られるのではないかということです。
米中間で敵対的な相互依存が続く中で、両勢力の中間にある日本は大変困難な選択と舵取りを迫られざるを得ないと思います。日本は同盟国として安全保障については完全に米国依存をしてきています。今日のような米中関係の下では、これまでのような依存から、協力と自立の関係に移行すべきでしょう。ただ、中国とは相互理解を深めて、経済協力をさらに一層進める必要があると考えられます。
不安定な米中関係も、戦略的な共存を求めて、常に変動すると考えられます。この両勢力とポジティブな関係を維持するためには、日本はアメリカや中国の行動に関する情報と理解を深めて、迅速で巧みな外交的対応をする能力を磨く必要があるでしょう。これは日本にとって、非常に大きな課題だと思います。
これをもって、この「米中ハイテク戦争」というテーマのシリーズ講義は終了したいと思います。