●未知の問題が多すぎる新型コロナウイルス
―― 皆さま、こんにちは。本日は曽根泰教先生に、「危機の意思決定」というテーマでお話を伺いたいと思います。本日も曽根先生には、リモート講義によってお話を頂きたいと思います。先生、どうぞよろしくお願い致します。
まず先生からご講義を頂き、その後(第2話から)質疑応答に入りたいと思います。先生、お願い致します。
曽根 「危機の意思決定」というテーマでお話しします。通常の危機管理や意思決定論に加えて重要なのは、シナリオや作戦計画が必要だということです。今回は、この点を強調するつもりです。
われわれは通常、未知の問題について、未知ではあるけれどもそれに対処するため、事前準備をしておくことがあります。特に日本の場合には、地震のような自然災害を危機管理の典型例として考えることが基本でした。中央政府も地方自治体も、それを前提に危機管理を組み立ててきたのです。
ところが、今回の新型コロナウイルスについては、エビデンスを条件に政策決定をすることが求められているものの、未知の事柄がいろいろと多すぎる状況です。こうした状況は以前にもありました。例えば東日本大震災の時、福島第一原発が水素爆発した際、原子炉の中がどうなっていたのかについては誰も分からず、今でも全て分かっているわけではありません。新型コロナウイルスも同様に、その実体はなかなか分からないのです。さらに、公衆衛生政策という面でも、国によって効果が上がったところとそうではないところがあるため、分かりにくい状況です。また、ワクチンや治療薬も「これだ」という確実なものはまだなく、試作品の段階にとどまっています。
●安倍政権への疑念~官邸機能のどこに問題があるのか~
曽根 こうした事情から、安倍政権は批判にさらされています。一律給付はこれで良いのか、マスク2枚の配布は政策として妥当なのか、緊急事態宣言は遅かったのではないか、減収世帯に30万円を支給すると言っておきながら10万円に変わったのはなぜか、などです。さらに、こうした政策が、習近平国家主席の来日や東京オリンピック・パラリンピックの開催延期に絡んでいたのではないかという疑念もあります。
それでは、「安倍一強」といわれ、官邸に意思決定が集中している状況にもかかわらず、新型コロナウイルスの問題に対応できず支障が生じているのはなぜなのでしょうか。理由としてよく挙げられているのは、情報収集や分析をしていても人手が足りないとか、相変わらず組織は縦割りとか、あるいは専門家の意見も多様すぎるため、信頼に足る提言が少ない、などといったものです。
●国民全体を相手にした戦略形成の難しさ
そうした中では、戦略や作戦を改めて定める必要があります。しかし、死亡者と感染者のどちらを最小化するのかという最終目的の違いによって、全く違った戦略と行動が必要になります。また医療体制の崩壊を防ぐといっても、具体的に何が必要なのでしょうか。これらは非常に難しい問題です。
さらにいえば、現在日本が行おうとしている作戦は、国民全体を相手にしたオペレーションです。マスク配布についていえば、隣近所に配るのではなく、全世帯に配るわけですし、10万円を支給するにしても、全国民に支給するということで、いずれも国民全体を相手にしているのです。そういう意味でいうと、緊急事態宣言により全国民に規制をかける際にも、強制なのか自粛なのか、そこは非常に大きな手段の差があります。
●事前を作成しておくための「危機のシナリオ」
曽根 こうした選択肢を考えていくうちに、1つ気がついたことがあります。それは、国民相手のオペレーションが必要だとすれば、そこには事前にシナリオが必要ではないかということです。ここにいくつか挙げた例は、私がこれまでに経験したり、今回新しく気づいたシナリオの例です。
最初に紹介するのは、Naval War College(アメリカの海軍大学)のシミュレーションです。このシミュレーションは、今から20年ほど前、私がハーバード大学にいた頃、実際に参加したものです。これは機密にはなっていないので、ここでお話しすることができます。
このシミュレーションでは、まずインド・パキスタン紛争の発生が想定されました。シミュレーション1日目は、通常兵力による紛争が起こるというシナリオです。このシナリオに従って国連が開かれ、非常任理事国である日本はオーストラリアやカナダと協議しますが、基本的には常任理事国の決定...