●基本再生産数は社会を構成する環境要素によって変動する
―― 現在、集団免疫に関する議論も盛んに行われており、重要なポイントなので、いくつか基礎的な質問をさせていただきたいと思います。
最近、まさに「R0」「基本再生産数」という言葉を耳にすることが多くなってきています。前回、宮坂先生にご説明いただいたように、これは1人の感染者が何人に感染させるかを示す値です。例えば、新型コロナウイルスであれば、世界的に約2.5といわれているのだと思いますが、これはいかがでしょうか。
宮坂 この値は地域によって異なります。人口密集地域では約4.0の場合もあり、一方では2.5より低いとされる地域もあります。その社会を構成するさまざまな環境要素によって、この数字は変動します。
例えば、中国の最初の疫学的な調査では、何千人を対象とした際に、1人の感染者から何人の感染者が出たか調べました。この調査のためには、「トレーシング」といって、感染者の対人接触状況を調べます。日本で行われている、いわゆるクラスター解析に近いもので、それによって1人がおよそ何人に感染させたかが分かりますが、その平均が2.5程度だったということです。どの国でも基本的にはそれに近い数字で、感染の状況が終息に向かい、さまざまな状況が平均化されてくると、1人の感染者から2.5人程度の人に感染させるという結果が得られたのです。
●基本再生産数に最も大きく影響するのは人と人との距離
―― 今のご指摘によれば、この指標は状況によって大きく変わってくるということでした。よく指摘されるように、キスやハグをする文化の有無や、日本の場合では日ごろから土足で家に入らず、手洗いなども徹底しており、マスクの装着率も高いなど、さまざまな社会環境要因が挙げられます。また、密集率に関しては日本国内でも、例えば渋谷の雑踏などと岩手県など比較的地方の地域では当然この値には差があるという認識で良いのでしょうか。
宮坂 はい。基本再生産数に最も大きく影響するパラメーターは、人と人との距離の関係です。つまり、このウイルスの一番の特徴は人から人へとうつることなのです。人からものを介しての接触感染は指摘されていますが、私の理解ではおそらく9割は飛沫感染だと思います。すなわち人と人がある一定の近距離で話をした際に、ウイルスが人にうつるという経路が、基本的な感染様式であると思います。
したがって、人と話をするにしても相手が飛沫やウイルスが届かないような距離にいれば、1人が2.5人にうつすはずだったのが、2人になり、1.5人になり、1人になっていきます。同様に、もし10メートル距離を取り、送風してウイルスが相手に飛ばないようにすれば、感染させる可能性は限りなくゼロに近づきます。
すなわち、基本再生産数は、ウイルスに関連する数字ではありますが、そのウイルスの感染能力は環境によって非常に大きく変わり得るのです。特に対人距離を多く取れば、ウイルスはほとんど感染することができず、基本再生産数はゼロに近くなります。あるいは、ロックダウンや交通規制、対人接触規制をかけることも、同じ効果を持ちます。
また、指摘されたように、例えばお辞儀だけで、ハグやキスをしなければ、当然対人距離は広がるので、基本再生産数は低くなる傾向にあります。最も明白なのは、直接の人と人との距離によって、基本再生産数は大いに変わるということです。
実際、日本の状況を見ると、初期の段階では基本再生産数は2.5前後だったのですが、いわゆる自粛が広まった途端にこの値は下がっていきました。1.5から1.0になり、大阪などでは2020年6月初めの段階で0.4から0.5以下になっているのではないかと思います。このように、社会的状況によって実際に変動する数字のことを「実効再生産数」と呼んでいます。この実効再生産数の計算方法は非常に難しく、人によって若干計算方法が異なるようです。私は、毎日それを計算している方の数字を見て、実効再生産数がどの程度になるかを判断しています。
●BCGの接種は新型コロナ感染拡大の抑制につながっているのか
―― ありがとうございます。次に、集団免疫の新しい考え方に関する質問です。先生が指摘した通り、抗体のみが重要として考えるか、自然免疫も含めて考えるかで、非常に大きな違いがあると思います。例えば、新型コロナウイルスの感染が拡大した際に、なぜ日本の感染はこれほど低いレベルにとどまっているのかという疑問が呈されました。その一つの仮説として、BCGの接種が挙げられていました。BCGを接種しても、直接コロナウイルスに対して効果があるわけではありませんが、自然免疫(力)が向上するとなると、実はこのことが、日本での新型コロナウイルスの感染拡大抑制に貢献しているのではないかという議論もあり...