●現在の検査結果だけで免疫パスポートを交付するのは難しい
―― (前回のお話では)また非常に重要な指摘をいただいたと思います。善玉抗体と悪玉抗体の区別は、なかなか普通の人は意識することが少ないかと思います。現在、新型コロナウイルスに関して、PCR検査をはじめ、さまざまな検査の可能性が議論されています。これらの検査では、先ほど先生が指摘されたように、善玉抗体と悪玉抗体は見分けられないという理解でよろしいでしょうか。
宮坂 今の検査では見分けられません。ただ、例えば東京大学の児玉龍彦先生をはじめ一部の研究者は、かなり感度の高い抗体測定キットを持っています。また、最近では、そのような抗体がどの程度ウイルスを殺す能力を持っているか調べ出していると思います。しかし、例えば国立感染症研究所や、現在抗体検査を大規模に行っている日本赤十字社などの検査では、抗体全体の量しか計測していません。
―― そうすると、抗体があると判定されたからといって、必ずしも感染しにくいことを指すわけではないということですね。現在、抗体の有無を示すパスポートを配布して、社会活動を正常化させる計画も、盛んに議論されています。しかし、その前提となるPCR検査や抗体検査でOKだったからといって、感染しにくいとは限らないという認識でよろしいのでしょうか。
宮坂 その通りです。PCR検査で陰性で抗体検査が陽性だったのであれば、ウイルスは存在せず抗体を持っており、感染から快復したと考えられる、という論法はよく耳にします。そこで、この人は抵抗性があるはずだということで、免疫証明書やパスポートを交付できないかという議論になりますが、先ほど指摘したように、抗体量を丸ごと計測した場合、本当に善玉抗体を持っているのか判別できません。したがって、免疫パスポートなどを現在の検査結果だけで交付するのは、基本的に難しいと思います。
もし善玉抗体だけを計測できるようになり、感染を防ぐためにどの程度の量の善玉抗体が必要か分かると、善玉抗体を計測してパスポートを交付する可能性はあります。ただし、最初に指摘したように、私たちのウイルスを排除する能力は、自然免疫に分類される食細胞による能力、獲得免疫の司令塔であるヘルパーTリンパ球の能力、その結果、刺激されるBリンパ球とそれが産出する抗体、そしてキラーT細胞の四つです。これらがそろわなければ、効率的にウイルスを排除できません。ですので、いくら抗体の量だけ計測したとしても、体の抵抗性の一部しか見ていないのです。
●抗体量が重症化する人ほど多く、軽症で済む人ほど少ないという不思議
宮坂 それから、もう一つ、重要なポイントがあります。これは中国の多くの患者さんのデータを分析して分かってきた事実ですが、軽症で済む方と重症化する方に二分した上で彼らの抗体量を計測すると、不思議なことに重症化する人ほど多く、軽症でとどまる人は少ないのです。もし産出されている抗体が善玉抗体であれば、逆の結果になる必要があります。つまり、善玉抗体ができる人ほど軽症になるはずなので、抗体量が多ければ軽症に、抗体がうまくつくれなければ重症化するはずです。これなら理解できます。しかし実際には、抗体の全体量を計測すると、重症化する人ほど抗体が多い。
したがって、先ほどの私の説明に基づくと、重症化する人たちは、一部善玉抗体も産出していたかもしれませんが、それを上回る量の悪玉抗体や役無し抗体をつくっていた可能性もあるのです。
さらに、今度は快復した人たちを観察すると、快復したにもかかわらず、抗体をほとんど持っていない人たちがいるのです。つまり、この人たちは抗体の働きによって、快復したわけではない可能性があります。例えば、食細胞が働いて、あるいはキラーTリンパ球が働いて感染細胞を排除した、などの説明が可能です。抗体も一部働いたかもしれませんが、その働きはウイルス排除に関してはメインのものではなかったと考えられるのです。
とすると、この人たちは抗体量が少ないので、今までの基準(クライテリア)によれば、抵抗性がないと判断されます。しかし、現実ではそうではないですよね。ですので、単に抗体量を測っても免疫パスポートは絶対に出せない、と私はかねてから主張しているのです。
●PCR検査にはどのような意味があるのか
―― 特に初期には、PCR検査を拡大すべきという議論も盛んに行われました。検査拡大こそが正義という意見もあれば、現実にはそれは難しいという意見もありました。同様に、抗体の性質を考慮すると、抗体検査は積極的に進めていく意味がないということになるのでしょうか。
宮坂 抗体検査を行う意味は十分にあると思うのです。抗体検査で陽性であれば、過去にウイルスにさらされたことを意味します。したがって、...