●抗体には善玉、悪玉、役無しの3種類がある
―― それでは、スライドの解説の続きをよろしくお願いいたします。
宮坂 次のパートでは、先ほど一部お話ししましたが、ウイルスと免疫に対する基本的知識の一つとして抗体がどの程度重要なのか、抗体が存在さえすれば体の抵抗性が決まるのか(答えは否ですが)、こちらの点についてご説明します。
こちらのスライドでは、抗体が形成されたとしても、必ずしも病原体を殺す善玉抗体であるとは限らないということについてお話しします。
抗体は善玉、悪玉、役無しの3種類に分類されます。定義としては、ウイルスを殺す、あるいは不活化する、働きを止めるなどの性質を持っている抗体のことを善玉抗体と呼びます。ウイルスの働きを中和するので、医学用語では「中和抗体」と呼びます。これに対して、ウイルスの感染性を強めてしまう、促進してしまう、すなわち病気を悪くする抗体が、悪玉抗体の定義です。役無しとは、今指摘した2つの機能のどちらも持っていないもののことを指します。スライド内の左下のほうに、丸の中に善玉、悪玉、役無しの3つの抗体がありますが、抗体というものはこのように3種類に分類できることを理解することが重要だと思います。
●抗体の増加は必ずしも感染拡大防止につながるわけではない
その右の3つのグラフでは、感染前の抗体量と感染後の抗体量を比較しています。一番左のグラフにあるように、多くの場合はウイルス感染から回復した後に、善玉抗体(ピンク部分)が増えています。インフルエンザなどではこのような変化を観察することができます。
ところが、真ん中のグラフに目を転じると、役無し抗体の増加が大部分を占めています。典型例はエイズです。ほとんどのエイズの感染者で見られますが、感染すると抗体量が急激に上がります。しかし、急増した抗体を見てみると、ウイルスには結合するものの、病気の働きを止めることも、あるいは進行させることもあまりしません。つまり、この場合には、抗体の形成は抵抗性の付与にはまったく関係がないわけで、役無しということになりますね。
一番右側のグラフは、感染後に悪玉抗体が増加する例です。典型例として、ネコに感染するコロナウイルスが挙げられます。このウイルスがネコに強い消化器症状を起こすので、ペットの飼い主たちのワクチンを求める声に応えて、十数年前にアメリカでワクチンの開発が進められました。その時に分かったのは、そのワクチンを接種したネコは、かえって症状が重くなることでした。中には、死んだネコもいました。詳しく調べてみると、たしかにワクチン接種後には抗体が増えています。ところが、そのほとんどは、悪玉抗体(ブルー部分)だったのです。
悪玉抗体はウイルスに結合して、その結合したものは食細胞に取り込まれます。ほとんどの食細胞は細胞内に存在する殺菌性物質でウイルスを殺すのですが、食細胞の一種であるマクロファージの中には、その殺菌性物質をつくる能力のないものがあります。そのマクロファージが、ウイルスと抗体の複合体を取り込むと、マクロファージ、つまり食細胞が感染するのです。その食細胞は体内に無数に存在するので、ほんの一部が感染しただけでも体中に感染が広がってしまい、症状が悪化してしまいます。このような抗体の存在が、ネコのコロナワクチンの開発段階で明らかになりました。
ということから、グラフの下のほうに書いてあるように、単に血中に存在する抗体の量だけを計測してもあまり意味がありません。本来は善玉抗体、すなわち中和抗体の量を計測しなければなりません。しかし、これを計測するためには、培養したウイルスを持っている研究室で実験を行う必要があります。例えば、細胞にウイルスをかけたときに、抗体を入れるとウイルス感染がどの程度止まったか分析するのですが、これは普通の民間の検査機関ではできません。
残念ながら現状では、抗体の全体量の測定がもっぱら行われていることです。その数値に基づいて集団免疫が達成できたかどうかという議論がなされているのですが、その議論がいかに難しいことか、お分かりいただけると思います。
●善玉抗体と悪玉抗体が形成される理由
―― それでは、善玉抗体と悪玉抗体が形成される理由に関しても、続けてお話しいただいてよろしいでしょうか。
宮坂 次のスライドの図には、丸い球形のウイルス粒子1つが描かれています。その外側には、「スパイクたんぱく質」という釘のような突起があります。一方、一部ウイルスの中身を示していますが、ウイルス遺伝子であるRNAが見えています。
こうしたウイルスが体内に入ってきますが、その際にはスパイクたんぱく質(青...