●近年、注目を集めている「不便益デザイン」
このように私は、学生たちなどとさまざまな場所でデザインワークショップをして新しいアイデアを考えたりしています。
実は、日本インダストリアルデザイナー協会という日本で唯一の工業デザイナーの全国組織が、関西ブロックで学生コンペをやっており、そこのテーマにもこの不便益を取りあげてもらっています。
つまり、工業デザイナーのように新しい物事を編み出して、それを世に問うことを生業にしている人たちが、将来を担う学生にぜひ知っておいてほしい概念の1つとして、不便益に注目してくれたというわけです。その結果、2017年のテーマは「不便益なデザイン」でした。
●「おそうじカレンダー」と「ReminDoor(リマインドア)」
その時に出たデザインを少しだけご紹介すると、例えばこの左の「おそうじカレンダー」です。
ぱっと見で分かっていただけると思うのですが、左側にあるのは、コロコロです。普通のコロコロは一面べったりと糊が印刷してありますけれども、この「おそうじカレンダー」は部分的に糊が印刷されていません。そうすると、掃除をするときにその糊がついたところはゴミで汚れますが、ついていないところは白く浮き上がります。そこに、その日の日にちが浮き上がるというものです。
これは何が不便かというと、掃除を毎日しなくてはいけません。掃除を忘れると日にちがずれてしまうからです。さらに、1日に掃除を2回してはいけません。2回以上すると、日にちがずれるからです。それから、「今日は何日だったかな」と思い出そうとすると、普通はスマホか何かをカチッとポケットから取り出せば今日の日付が分かりますけれども、これは掃除をしないと何日だったか分かりません。そのような不便なデザインになっています。
しかし、スマホなどでパチっとポケットから取り出して今日は何日か確認しても、「ふんふん」とそのときには覚えた気になって、10分もすると「あれ?何日だったかな」と忘れてしまうことがあると思います。なぜなら、それは簡単すぎるからです。この「おそうじカレンダー」は「今日は何日だったかな」ということを確認しようと思ったら、お掃除しなくてはいけません。このちょっとした労働で、「何日だった?」「あ、今日は1日だった」ということが頭に定着するというデザインです。
この年は、「おそうじカレンダー」のように、頭に定着する系のデザインが多く出されました。もう一つ例を見せます。これは、「もう一ひねりすると最優秀賞だったのに」と審査員に言わしめたデザインです。右の「ReminDoor(リマインドア)」です。
これは、ドアの鍵穴が二つあり、片方が本物で片方がダミーです。そして、それらがランダムに入れ替わります。そうすると、ある日、最初に挿した鍵穴でガチャンと鍵が締まると、「ラッキー」と思います。しかし、別の日に最初に挿した鍵穴でねじるとスカッと抜けてしまい、「あ、しまった。ダミーだった」となります。その場合には仕方なしに、「ちぇっ」と思いながら、もう1本の鍵穴に挿しなおします。この「ラッキー」とか「ちぇっ」というちょっとした感覚が、鍵を締めたということを頭に定着させるというアイデアです。
実際、私たちぐらいの年になると、玄関のドアの鍵を締めても、だいたい10メートルぐらい歩いて離れると不安になって、「鍵、締めたかな」と思ってしまいます。それは鍵を締めるのが簡単で便利すぎるからです。これは、このようにちょっとした「ちぇっ」とか「ラッキー」と思わせる、こういう仕掛けによって頭に定着させるというアイデアです。
●「たまたま偶然に」という不便が与えてくれる楽しさ
このJIDAは、実は2017年だけではなく、次の年も不便益を取り上げ、「不便益×食のデザイン」をテーマにしました。このときに出たデザイン案も、いくつか紹介します。
これらは、今ではよく町で見かけるデザインです。数年前にここで提案されていました。
一つ目は、「のらカフェ」です。
現在では、カフェや喫茶の多くは固定したお店を持たずに移動式で営業しています。そうしたカフェは今や普通になってしまいましたが、2年ほど前に提案された「のらカフェ」はアプリによって、そうしたカフェが今どのあたりに来ているかを見つけてくれるものです。「あのカフェが今ここに来ているんだ。ラッキー」と、このアプリで分かるというデザイン案でした。
いつも同じところに必ずある、定休日以外はそこに行けば必ずそこでコーヒーが飲める、くつろげるという便利を...
(川上浩司著、岩波ジュニア新書)