●「小児科医は子どもの代弁者」というメッセージ
一連のお話の最後の締めとして、小児科医としての私からのメッセージをお伝えさせてください。
スライドのタイトルにもあるように、「小児科医は子どもの代弁者」ということです。このメッセージは、実はアメリカの小児科学会がつくったものと私は理解しています。日本小児科学会もそれを拝借しているのですが、まさに言い得て妙だということで、私はいつもこのお話をさせていただきます。
話の始まりでは、「小児科医は子どもの代弁者」であることについて、より具体的にお話をさせていただきますが、最終的には、世の中の大人は全ての子どもにとって代弁者であってほしい、というメッセージをお伝えしたいと思っています。
それではまず、小児科医のお話です。小児科医にとって、あるいは全ての医師にとっていちばん大切なことは、患者さんやそのご家族の言い分を十分傾聴することです。これは言うは易し、そして医師であれば誰でも当たり前だということなのですが、実は大変難しいことです。
患者さんが困難を抱え、苦痛を帯びて病院に来られているときに、その苦しみの実態が何なのか、患者さん自身が的確に説明できることはまずないですね。どう説明していいのか分からない。あるいは、これは大したことではないと思ってあやふやに答える。場合によっては、例えば虐待の例ではあえて秘密にしておく。
患者さんがわれわれに本当に言いたいことを伝えているという保証はないのです。
●小児科医のアイデンティティは子どもに耳を傾けることに尽きる
そういった環境の中で、われわれは患者である小さな子どもたちに傾聴する義務があります。たとえそれが2歳でも3歳でも、場合によっては生まれたての赤ん坊でも、「どうしたの、なぜ泣いているの。何が苦しいの」「お母さんから聞いたけど、どうして急にミルクを飲まなくなったの」、あるいは「頭が痛いっていうけど、君、本当に頭が痛いのかな。歯が痛いってことはないかな」と聴く。
あるいは学校に行かなくなってしまった中学生に、「君が学校に行かないのは、朝眠いからなのかな。本当にそうなのかな。朝眠いのには、もう一つの原因があるんじゃないかな。お父さんやお母さんには少し部屋を出てもらって、二人で話そうか」。
そのようにいろいろな場面があります。子どもの代弁者になること、それも困難や病気を抱えて病院に訪れた、たいていは自分で来たくて病院に来ているわけではなく、多くの場合親に無理矢理連れてこられた子どもの言い分に耳を傾け、傾聴するのは大変難しい作業です。
裏を返せば、小児科医が小児科医であること、他の職業ではないこと、そのアイデンティティは、子どもの代弁者であること、子どもに耳を傾けることに尽きると思います。私は今お話をしていて、大変熱くなっているのが分かるのですが、どうかお付き合いください。
そうやって集めた情報は、非常に貴重なものです。聴診器で胸の音を聴いたり、お腹に手を当てて肝臓や腸の部分を触ったりするような、いろいろな診察も必要です。また、必要に応じて血液検査をしてデータを得る。場合によっては断層撮影を撮って画像のデータを得る。医者のやるべき仕事はいろいろありますが、それらは比較的簡単です。
今は医学がどんどん進歩して、検査を受けたことのある方ならお分かりのように非常に短時間でいいデータが取れます。そういったデータを組み合わせる中で、でも、いちばん大事なのは患者さんやそのご家族の口をついて出た、「こういうことなのです」といった言葉なのです。これは非常に重要な歯車です。
●診断や治療方針より大切な「説得」という歯車
その後で、私どもは皆さんが御期待の通り診断をつけて、そして治療方針を立てるわけなのです。
この中には、「病気ではありません。ご安心ください」という診断も含まれます。治療が必要だから「ご安心ください」という治療方針もあります。一方で、大変重い診断で、長い、場合によっては命を懸けた治療が必要になるという方針もあるわけです。そういった「安心」の診断から「覚悟を決める」診断まで、いろいろなことをわれわれは仕事としてするわけです。これは小児科医に限ったことではありません。
実はその歯車の後にもう一つ大事な歯車があります。それは「説得」なのですね。
想像してみてください。例えば非常に重い病気で、「お子さんは白血病です。1年間の入院が必要です。まだ小学生なので、卒業は普通にできます。病院には勉強をお教えする方々がいらっしゃいます。しかし、命を懸ける治療がこれからは始まります。移植医療も必要になります」と告げる。そして、「それらの治療をしなければ100...