●再分配の議論とその注意点
―― 現在、いわゆる再分配の議論もあちらこちらで聞かれるようになりました。今この時代に再分配をすることになると、具体的にはどういうことに注意して行っていけばよいのでしょうか。
柳川 再分配となると、一度得たものをもう1回配り直す形になります。そうすると、やはり税等で徴収したものを補助金や寄付金、あるいは減税などで戻すことになります。
税や補助金を中心とした再分配で最終的な所得分布を考えるのか。それとも、もともと稼げる分を、誰がどの程度稼げる世の中にしていくのか――。これは、競争政策あるいは法的な規制などによってもずいぶん変わってきます。だから、政策のあり方と考えるときには、税・補助金を中心とした再分配だけではなく、もともと稼ぐ部分を誰がどのように行うかという、そのルールもしっかり考えていくのが建設的だろうと思うのです。
―― ちょうど今、「所得倍増」のような言葉が世間に踊ったりしていますが、やはり再分配よりも、どう稼いでいくか、あるいは従業員にどう賃金を払っていくかという発想が大事になるのでしょうか。
柳川 そうですね。やはり再分配でできることには限界があります。またお金を一旦政府に入れて、また政府から国民の誰かに戻していくという過程には、場合によっては無駄が発生しやすい。その意味でも、そもそもの稼ぐ部分で、どのくらい稼げるようにしていくかということが大事です。
もう1つは、誰かの取り分を減らして誰かの取り分を増やすよりは、日本全体として全員の所得を増やす、全員がそれぞれもっと稼げるようにしていくというのが目指すべき方向だと思います。今、潜在成長率がずいぶん下がっていると言われている中で、小さなパイを誰とどうやって分け合うかを考えるよりは、全体のパイをどれだけ大きくしていくか、その中でそれぞれの立場の人がどうやってより稼げるようにしていくかということを考えるのが王道でしょう。
●賃上げの問題と付加価値生産性
―― もう1つ、最近特に日本において言われるのが、労働者に対する賃上げのペースが遅すぎるのではないかということです。企業の収益は上がっているのに、なかなか賃金に反映されない。これはなぜなのでしょうか。
柳川 2つの側面があると思います。1つは、それぞれの人たちが、新しい技術革新、新しい経済環境の中で能力アップを図っていくことによって賃金を上げていく方向性です。本質的には皆がもっと稼げるようになるべきだという、最近でいうと「付加価値生産性」と言われるものです。「生産性」というと、人を減らして皆が長時間労働して生産性を上げるというイメージがあるので、言葉遣いを変えています。
一人一人の能力が高まって、より稼げるような人材になっていけば、付加価値を作り出せて、生産性が上がっていきます。皆がよりそういった環境になっていく必要があるでしょう。やはりこれが一番重要なことかと思います。
日本はかつて高度成長期には、「人を大事にするのが日本企業の特徴だ」と言われ、長期雇用の中で人材育成をしっかり行なって、稼げる人材をじっくりと育て上げてきた。ここに大きな強み、その源泉がありました。
ところがバブル崩壊以降、なかなか経済環境が苦しくて、厳しい競争にさらされたこともあり、そこまでの余裕がなくなってしまいました。場合によっては、人材育成や能力開発に時間を使わずに、それほど付加価値生産性が高くない人でもいいから安い給料で雇うことで人件費を下げて、なんとか益出しをすることで生き残るという方法をとらざるを得なかったという経緯があります。これが、全体的になかなか賃金が上がらないという状況を生み出してしまったのです。
ですから、もう少し付加価値生産性が上がるような取り組みを社会全体で行なっていく。人材育成をしっかり行っていく必要があるのではないでしょうか。
特に今、非正規と呼ばれている方々は短期雇用の繰り返しです。そのため、将来に向かって能力を高めていくような機会を会社も提供してくれないし、本人もなかなかそういった時間がありません。このような中では、何年働いてもなかなかスキルアップしていかないという環境になってしまう。これは非常に問題だと思うので、そのスキルアップを図っていくことが重要ではないでしょうか。
●独占力の行使とその問題点
柳川 もう1つの側面としては、分配上の問題があります。簡単にいえば、独占力を行使している企業や人間がいるとすると、その独占力を持った企業に卸す会社や、その会社で働く人は、どちらかというと買いたたかれる。つまり安い給料で働かざるを得ないといったことがあります。一人一人の能力が高いか低いかという話ではなく、そうした買いたたかれるような独占力の行使があるとすれば、それ...