●知覚から行動までの「認知」の仕組み
皆さん、こんにちは。これから「認知バイアス入門」というお話をする、鈴木宏昭です。どうぞよろしくお願いします。
私は青山学院大学に長年勤めており、専門は認知科学で、認知心理学などもやっています。心の働き、仕組み、成り立ちなどを研究するのが認知科学です。私は2020年に『認知バイアス 心に潜むふしぎな働き』というタイトルの本を講談社のブルーバックスから出しました。これがきっかけでいろいろな認知バイアスの話をいろいろなところでするようになって、テンミニッツTVでもお話しするという次第です。
まず認知バイアスということを考えるとき、「認知」と「バイアス」を1つずつお話ししていきたいと思います。スライドに図式が出ておりますけれども、まず左側に「世界(状況)」があります。世界というのはいろいろな「情報」を発信しています。
例えば、雷が鳴り、パッと光ってゴロゴロという音がしたとします。こういう状況になると、その視覚的な情報とか、聴覚的な情報は世界から発せられるわけです。そうすると、私たちはそれに対して、「注意」を向けて「知覚」するという心の仕組みを働かせます。
その後、その状況の全てが私たちの処理に関わるわけではありません。スライドに「記憶」と書いていますけれども、詳しくいうと、日常語的な記憶とは少し違いまして、専門的には「ワーキングメモリ」という、私たちの頭の中の作業場のような場所に、その注意を向けた一部の情報が入っています。
スライドに「概念」と書いていますが、私たちはいろいろな知識を持っています。雷だったら雷についてのいろいろなことを知っているわけです。入った情報に対して、そういう知識と照合したり、あるいはそれを使って情報を補ったりして、「あ、雷が鳴った」と気づくというわけです。
そうすると、今度は「思考」という心のメカニズムが働くようになります。そこで例えば、「雨が降っているかも」というようなことに気づくわけです。そこから、雷の例だと「創造」ということはあまりないのですが、場合によってはそこから新しいものを創り出すようなことも起きたりすることもあります。
雷で雨が降るかもしれないというようなことがあると、今度はそれをその場にいる「他者(パートナー)」などに伝えようとします。そこで「言語」を用いるわけです。言語を用いて「コミュニケーション」を行います。「雨降りそうだよ」とパートナーに伝えるのです。そうすると、他者と共同して洗濯物を取り込むといったことが行われるわけです。
これが認知の図式なのです。認知というと、よく日常語で使われる「認知症」などがありますから、病気の研究をしていると思われるかもしれませんが、このようなごく普通の私たちの心の働きを研究するのが認知科学、認知心理学なのです。
●誰しもが陥る「認知バイアス」
次に、「バイアス」という言葉を取り上げてみます。バイアスというのは、これはもう半ば日本語で日常的に使用されています。例えば「あいつ、バイアスかかっているよね」というような言い方を普通にすると思います。 一般的には「歪み」とか「偏り」を指しているわけです。
先ほども言いましたけれども、認知バイアスというのは認知症とは関係なくて、ごく普通の人が陥る認知の歪みとか偏りのことです。
類語として、私たちの研究の世界ではバイアスとよく似た言葉で、「ヒューリスティックス」や「制約」という言葉が使われたりすることもあります。この2つは、日常語ではまず使わないと思います。
違いを詳しく述べ始めるとややこしいので、あまり話しませんけれども、バイアスといった場合にはネガティブな側面がこの2つよりも強めに出ているというような感じで捉えてください。第2話以降の話の中でも「ヒューリスティックス」とか「制約」という言葉が出てきますけれども、「バイアス」とほぼ同じような意味合いで使っていると捉えていただければと思います。
さて、先ほどお見せした認知の図式というものがありますが、実は知覚、記憶、概念、思考、創造、言語、共同、この全てにおいて、そこに固有な認知バイアスが報告されています。 スライドに挙げた赤字で書いたものです。それらが各々のプロセスで働いていると思われるバイアスなのです。
本当は全部ご説明したいところなのですけれども、時間の制約などもありますので、今回のシリーズでは、「創造に関わるバイアス」と「共同に関わるバイアス」について、次回から詳しくご説明したいと思います。