●世界経済危機をIMFはどのように分析したのか
2022年の夏まで、3年間、ワシントンのIMF(国際通貨基金)の日本代表理事をしておりました田中琢二です。よろしくお願いいたします。
本日こうしてテンミニッツTVを通じて、皆様と現在の世界経済を動かしている要因を知って、今後の世界経済の見方・読み方を共有させていただく機会を得ましたことを、まず御礼申し上げます。いつの時期に話の焦点を合わせるかといいますと、パンデミックにより世界経済が危機に瀕した2020年春から現在までの世界経済の動きと今後の展望をターゲットにしたいと思います。
パンデミックの発生時には「類を見ない世界経済危機(A Crisis Like No Other)」といわれた経済危機をどのように乗り越えてきたか、また現在の世界経済はどのような情勢にあるのか、そして今後気をつけておかなければいけないリスクとは何かについて、IMFの分析を中心に見ていきたいと思います。
そして、この危機に対する分析と対応にあたって、中核的な役割を担ってきたIMFについて、そもそもIMFとは何かということを含めて説明し、最後に日本の今後の可能性についてという順序でお話をしていきます。
世界経済は目まぐるしく動いています。いかに経済情勢が目まぐるしく変化してきたか、現在の世界経済への理解にたどり着くために、パンデミックが世界経済に影響を及ぼし始めた2020年春から現在までの経済の変化を追っていくことにします。
この3年間の動きが大きく180度転換したこと、つまりデフレからインフレへ大きな変化を遂げてきたことが分かります。インフレになりましたという現象面だけでなく、こうした大きな情勢の変化がどのような要因で起きたのか、現在の世界経済を動かしている背景とは何か、ということを学ぶことにより、今後も世界経済が大きく変化するとすれば、その背景は何かということをいつも意識して行動判断できると考えます。今後の変化への対応への心の備え、あるいはその要因をしっかり把握していこうとする姿勢につながっていけばいいと考えております。
●利用可能な全ての政策手段を用いる
それでは世界経済がどのように動いているかを学ぶケーススタディとして、新型コロナウイルス感染症への対応で世界経済がどのように動いたのかを、具体的に見ていくことにしましょう。
まず、新型コロナウイルス感染症が世界経済に深刻な影響を与えると、いつごろから認識され始めたのでしょうか。症例が最初に報告された2019年末から2020年1月にかけての状況ですが、1月に改定されたIMFの世界経済見通し(WEO:World Economic Outlook)は、2020年の世界のGDP成長率をプラス3.3パーセントと見込み、世界経済の大きなリスクは、米中貿易交渉の行方とか年初のイランにおけるロケット発射等、地政学的リスクにおける不透明性の増大といった項目が真っ先に挙げられていました。
新型コロナウイルス問題が新規のリスクではあるものの、世界経済の見通しを左右する要素としてはあまり重視されていませんでした。徐々に中国以外の国に波及するかもしれないという雰囲気が株式市場に影響し始めたのは、ニューヨーク・ダウが2020年2月12日から7日連続で下落した頃でした。7日連続だったとはいえ、新型コロナウイルスの株式市場への影響は、その日のセンチメント(市場心理)に左右されるところが大きく、下げた翌日には影響は限定的だという話に反応して、例えば2月21日には2000ドルも上昇するなど乱高下していました。パンデミックに関して不確実な情報が飛び交っていた状況といえます。
さらにこの時期は、新型コロナウイルスが広まった中国経済の落ち込みが一時的なものかどうかが、世界経済の動向を占ううえで一番の要素であり、新型コロナウイルスの封じ込めが早晩中国で達成されれば、まだ世界経済への影響は限定的だと思われていたのが2月半ばまでの状況でした。
2月22日と23日の土日にサウジアラビアのリヤドで開催されるG20財務大臣・中央銀行総裁会議への出席を前にした2月20日に、IMFのトップであるゲオルギエバ専務理事は、主な議題は貿易、気候変動、格差であるとしていました。新型コロナウイルスの問題が不確実性をもたらし、中国国外に広がる可能性には言及しているものの、基本的にはまだ中国自身の問題であり、中国経済へのマイナスの影響がグローバル経済にもたらす影響は限定的になるのではないか、というメインシナリオを描いていました。
しかし、このG20を機に認識は一変します。会議の焦点は新型コロナウイルスへの対応にシフトしていました。2月20日から23日の会議終了までに罹患者数が激増し、新型コロナウイルスの影響はより深刻に受け止められ、24日月曜日のニューヨーク・ダウは1031ドルの急落となりました。