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2014年12月に報道された日本への危険なシグナル

「イスラム国」の本質と将来(1)「イスラム国」は、もはや対岸の火事ではない

山内昌之
東京大学名誉教授/歴史学者/武蔵野大学国際総合研究所客員教授
情報・テキスト
中東・イスラム史研究の第一人者・山内昌之氏は、「イスラム国(IS)」の出現は大局的に見れば、中東の政治の枠組みのリアリティを変えてしまったと解説する。ISの影響力が中東の域を超えて拡大しつつある今、決してこの状況を「対岸の火事」として見てはならないと、山内氏が警鐘を鳴らす。(2015年2月16日開催 日本ビジネス協会インタラクティブセミナー山内昌之氏講演 “「イスラーム国」の本質と将来 第一次世界大戦勃発100年から第二次世界大戦終結70年への徒花“、全5話中第1話目)
時間:12:10
収録日:2015/02/16
追加日:2015/03/01
≪全文≫

●はじめに-「イスラム国」の呼称について

 
 「イスラム国」という言葉は国家を象徴させるのではないかということで、国際的にもイスラム国とは言わず、「イスラミックステイト」を略して“IS”と言うと、最近NHKが決めたようです。政府は“ISIL”といった英語の略称をそのまま使うということになっていますが、私は場合によっては「イスラム国」とそのまま申すこともあると思います。これは〝ad-Dawlah al-'Islāmiyyah〟と言って、アラビア語で「イスラム国家」という言葉です。これはイスラム教徒自身が一番大事にしている言葉なので、私が「イスラム国」という言葉を使う際には、こういうテロや暴力に関わる組織がイスラム国家を僭称(せんしょう)するのはけしからん、という感情が入っているとご承知ください。


●IS問題の焦点1.中東の秩序は戻らない 

 
 現在のダーイシュ、すなわちISの重要な問題をまとめると、第一に2014年6月にISがカリフ国というイスラムにおけるカリフ制の復活、すなわちスンナ派のイスラムの総代表者として、預言者ムハンマドの代理人カリフを復活させたと一方的に語り、かつ国をつくったことが挙げられます。そして、イラクとシリアの国境を無視し、今その両方をまたがる地域を一部で支配している。このことによって、アラブ諸国の国境の変化と消滅を導きかねない戦争が進行していることはご案内の通りです。

 この余波として日本人を含めた個人に対するテロや暴力が含まれ、それが処刑という行為にもなっている。いずれにしても、クルド人の自立や発展も含めて2014年6月以前の中東の秩序に戻ることは、今後考えられないということが、まず大きな枠組みで私が申したいことです。


●IS問題の焦点2.政治的枠組みの変化 

 
 二番目の問題は、ISの一番の受益者は誰かということです。ISという組織集団もさることながら、それに対して真正面から1000キロに渡る境界、現実的には国境を挟んで大挙している、ほとんど唯一の力のある実行兵力はクルド人の兵力です。

 クルドは中東で四番目の人口を持つにもかかわらず、これまで独立した国家を持っていませんでした。ところがこの間のイラク戦争で、イラクの北部でクルド人自治区が認められたことからその地域政府が中心になって、いまISに対して地上の兵力を展開しています。これが今、ISのシリアからイラクへの攻撃的な発展を阻止している実効ある勢力の一つだということになります。

 このクルドの行く末は、基本的には独立するだろうというのが私の見立てです。北イラクを中心にクルド独立国家が成立すると、中東政治の枠組みそのものが変化するという新しい政治のリアリティが生まれてきているということを見失ってはいけません。すなわち、ISからわれわれの同胞の命が奪われたことも含めて、われわれにとって不愉快なことが生じていますが、大局的に見た場合、いま申し上げた政治の枠組みの変化と新しいリアリティという観点が大事だと思います。


●いま問われるトルコ大統領のリーダーシップ

 
 いずれにしても、トルコにとってこの変化は大変大きな要因です。これまでトルコの東南部、すなわちトルコの領土の5分の1以上4分の1未満といった、そこそこの広さの領土に住んでいたクルド人が独立するとなれば、トルコというまとまり自体が毀損することになってしまいます。そのトルコを担っているクルディスタン労働者党という政党は今、ISに対する有力な反対勢力ですが、これは何事によらず痛し痒しというところがありまして、レジェップ・タイイップ・エルドアン大統領はこのISに反対するのか、あるいはISに対して妥協するのか、煮え切らない態度をとったことが、この間のテレビ新聞報道を通じて日本にも伝えられました。このトルコ政府の優柔不断な態度は、ひとえにISがクルド問題のコインの裏側でもあるということから生じているのです。20世紀1997年から98年、当時全盛期にあったイギリスのトニー・ブレア首相がアイルランド共和国軍(IRA)の分離独立に向けて対話によって妥協した、あのようなリーダーシップエルドアンがとれるかどうか、というのがトルコに関しては重要な見方になってきます。


●もはや回復は困難となったイラクの統一性


 私の観点では、残念ながらイラクの統一性(インテグリティ)というものは喪失されたというのが現実であります。イラクの統一性の喪失はどんなに努力しても戻らないと思われます。

 その第一の根拠は、クルド人が自立し、力をつけて事実上の独立といったものから、いずれ法的な独立宣言に行くのは時間の問題だということ。第二はアメリカ政府、特にホワイトハウスが、これまでは「イラクとクルド」という言い方をしなかったのですが、...
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