テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
会員登録 テンミニッツTVとは
社会人向け教養サービス 『テンミニッツTV』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2017.11.17

名医が語る「膝の痛み」の治療法

 「一時しのぎ」とは、なんとかその場だけとりつくろって済ませること。緊急事態の場合に必要な対処法であっても、一時しのぎばかりでは根本的な問題解決にはなりません。しかし、どうしても一時しのぎに頼らざるを得ないものがあります。その典型が「変形性膝関節症」の治療です。

 現在、日本でも多くの人が悩まされていると言われている変形性膝関節症。なぜ、根本的治療ができないのか、そして打つ手はないのか。こうしたことについて、「膝の痛みの名医」として知られる順天堂大学医学部整形外科学 特任教授・黒澤尚氏にお話を伺いました。

優れた天然のクッション材・軟骨が加齢ですり減っていく

 まず、変形性膝関節症そのものについてですが、膝関節の上下の骨のすり合わせ面には、クッションの役割を果たす軟骨があります。この軟骨のおかげで、骨同士が摩擦を起こすことなく、なめらかに膝を曲げたり伸ばしたり動かせるようになっているわけです。この軟骨の摩擦係数を計測すると、氷の上を滑るスケートエッジを工学者がどんなに研究して真似ようとしても、かなわないほどの低さなのだそうです。

 このすぐれたクッション材である軟骨が加齢とともにすり減って、関節表面の摩擦係数が増し、ついには炎症を起こしてしまう。これが変形性膝関節症です。症状が進めば痛みだけでなく、歩行困難や極度のО脚になってしまいます。

軟骨は再生能力ゼロのため、一時しのぎ的治療しかない

 現在、日本は世界に名だたる長寿国ですが、最晩年には男女ともに平均7~9年ほどの要介護期間を過ごしているというのも事実で、その要介護の要因となる疾患の約15~20パーセントが骨や関節の不具合というデータもあります。なかでも日本の変形性膝関節症の患者は約2800万人と聞くと、病院やクリニックの整形外科の待合室の混雑ぶりも大いにうなずけます。

 しかし、その治療となると冒頭で述べたように、「一時しのぎ」的なものしかないというのが今までの常識でした。なぜなら、硬骨(骨格を形成するいわゆる“骨”といわれるもの)と違って、一度すりへった軟骨に再生能力はないからなのです。ですから、軟骨は加齢に従ってすり減っていくのは仕方のないことで、「変形性膝関節症の根本的治療、原因治療はできない」とされてきたのです。現に、世界中で行われている治療法は、ほとんどが抗炎症鎮痛剤の服薬か、ヒアルロン酸注射といった対処療法でした。

「誰にでも簡単にできる運動療法」が世界基準に!

 この一時しのぎ的方法に疑問を抱き、黒澤氏は30年以上にわたって研究を続けてきました。そして、ついに薬を使わず痛みを軽減する、あるいはなくす「運動療法」にたどり着いたのです。これは、簡単な運動を続けて膝の周りの筋肉を強化することで、症状の進行を抑えたりストップさせることができるという画期的な方法。世界各国で運動療法のトライアルが実施され、飲み薬や注射と同等、あるいはそれ以上の効果があるという結果が出ました。2000年には、変形性関節症についての研究を行う国際的学会組織OARSIが作成したガイドラインで、この運動療法が「第一にするべきこと」と世界基準になったのです。

 「運動療法」と聞くと何やら大ごとに聞こえるかもしれませんが、やることは「脚上げ体操」「横上げ体操」「ボール体操」の三つでやり方もいたって簡単。「どんなに膝の痛い人でも簡単にできる、特別な道具や器械は不要で家でできる、片脚15分程度と短時間でできる」という取り組みやすさも特長です。

 膝の悩みを抱えている人にはまたとない朗報ですし、何よりも薬や注射にたよらず、自分の力で治せる、よい方向に持っていくことができるこの運動療法は、健康長寿の王道とも言えるのではないでしょうか。
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
物知りもいいけど知的な教養人も“あり”だと思います。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,600本以上。 『テンミニッツTV』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

ブレーキなき極右ポピュリズム…文化戦争を重視し経済軽視

ブレーキなき極右ポピュリズム…文化戦争を重視し経済軽視

第2次トランプ政権の危険性と本質(1)実は「経済重視」ではない?

「第二次トランプ政権は、第一次政権とは全く別の政権である」――そう見たほうが良いのだと、柿埜氏は語る。ついつい「第1次は経済重視の政権だった」と考えてしまいがちだが、実は第2次政権では「経済」の優先順位は低いのだと...
収録日:2025/04/07
追加日:2025/05/10
柿埜真吾
経済学者
2

大隈重信と福澤諭吉…実は多元性に富んでいた明治日本

大隈重信と福澤諭吉…実は多元性に富んでいた明治日本

デモクラシーの基盤とは何か(2)明治日本の惑溺と多元性

アメリカは民主主義の土壌が育まれていたが、日本はどうだったのだろうか。幕末の藩士たちはアメリカの建国の父たちに憧憬を抱いていた。そして、幕末から明治初期には雨後の筍のように、様々な政治結社も登場した。明治日本は...
収録日:2024/09/11
追加日:2025/05/16
3

【会員アンケート】談論風発!トランプ関税をどう考える?

【会員アンケート】談論風発!トランプ関税をどう考える?

編集部ラジオ2025(8)会員アンケート企画:トランプ関税

会員の皆さまからお寄せいただいたご意見を元に考え、テンミニッツTVの講義をつないでいく「会員アンケート企画」。今回は、「トランプ関税をどう考える?」というテーマでご意見をいただきました。

第2次トランプ...
収録日:2025/05/07
追加日:2025/05/15
テンミニッツTV編集部
教養動画メディア
4

今や化学兵器の主流…「バイナリー」兵器とは?

今や化学兵器の主流…「バイナリー」兵器とは?

医療から考える国家安全保障上の脅威(3)NBC兵器をめぐる最新情勢

2006年ロシアのKGB元職員暗殺には「ポロニウム210」というNBC兵器が用いられた。これは、検知しやすいγ線がほとんど出ない放射線核種で、監視の目を容易にすり抜ける。また、2017年金正男氏殺害に使われた「VX」は、2種の薬剤を...
収録日:2024/09/20
追加日:2025/05/15
山口芳裕
杏林大学医学部教授
5

生と死が明確に分かれていた…弥生人が生きていた世界とは

生と死が明確に分かれていた…弥生人が生きていた世界とは

弥生人の実態~研究結果が明かす生活と文化(9)弥生人の「生の世界」

弥生時代の衣食住には、いったいどんな文化があったのだろうか。土器やスタンプ痕の分析から浮かび上がる弥生人が生きていた世界、その生活をひもとくと、農耕の発展の経路や死生観など当時のさまざまな文化の背景が見えてくる...
収録日:2024/07/29
追加日:2025/05/14
藤尾慎一郎
国立歴史民俗博物館 名誉教授