社会人向け教養サービス 『テンミニッツ・アカデミー』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2018.02.01

近い将来、アフリカの子どもたちが世界の主役となっていく

 「アフリカの子どもたちは、近い将来の世界の動向を左右するきわめて重要な存在である」と言われたら、多くの日本人はかなり驚くのではないでしょうか。その背景には、アフリカの子どもたちに対する「後れた国ぐにの貧しい子どもたち」といったステレオタイプのイメージがあるからです。

 『子どもたちの生きるアフリカ 伝統と開発がせめぎあう大地で』(清水貴夫・亀井伸孝編、昭和堂)は、そんな偏ったイメージを解きほぐしてくれます。編著者の亀井伸孝氏は「彼ら彼女らの今の姿を捉えて発信し、これからの世界とアフリカを読み解く手がかりとしたい」というメッセージを前書きで述べています。

 亀井氏は、愛知県立大学外国語学部国際関係学科教授で、文化人類学のとくにアフリカ地域の研究が専門。これまで訪れた国はアフリカ10カ国をはじめ、世界30カ国以上で、英語とフランス語、カメルーンやコンゴなどのバカ語、それから日本手話や西・中部アフリカの諸手話言語を生活言語、研究の作業言語として使うことができる、まさにコスモポリタンです。

ンギリリ村の「かつての子どもたち」

 複雑かつ多様なアフリカを一括りで語ることはできません。そのため、本書は乾燥地、サバンナ、熱帯雨林、水辺、都市という5つの環境に分け、アフリカ55カ国のうち、14カ国にスポットを当て、17の事例を紹介しています。コラムでは、そのすべてを取り上げることはできないので、先述の亀井氏の論文を参考に「アフリカ中部のコンゴ盆地熱帯雨林に生活する、狩猟採集民バカの子どもたち」の世界をご案内します。

 調査エリアは「カメルーン共和国の東部州、コンゴ共和国との国境に近いンギリリ村」です。亀井氏は1996年から1998年にかけて、この地で最初のアフリカ長期調査を行いました。そして、2012年に再訪し、「かつての子どもたち」との再会、「今の森の子どもたち」との出会いを通じて発見したことを今回、論文としてまとめました。

 「かつての子どもたち」については、結論として、「森の環境で遊びながら育ったかつての少年と少女は、多くの場合、同じ地域またはやや遠方の似通った森林環境の中で、狩猟と採集を営み、そして焼畑農耕をあわせて行う、この森の資源を使いこなすバカの大人たちになっていた」と記しています。

「学校に通うこと」が特別なことではなくなった

 ただし、「企業での賃金労働、バイクタクシーの運転手、教員など、他の職種にも少し選択肢が広がっていることにも留意しておきたい」とも補足しています。「バカの人びとは周囲から孤立した狩猟採集社会ではなく、近隣の農耕民をはじめ、都市文化、貨幣経済、学校制度などと常に接しつつ、一部の文化要素を取り込みながら、今日の姿を示している」というわけです。

 とりわけ、学校教育の浸透は見逃せません。公立小学校を卒業すると、農耕民の子どもたちは、ほぼ全員が中等学校に進学します。ンギリリには中等学校が存在せず、約二〇キロ離れたモルンドゥという町まで通わなければならないのですが、1997年の調査では、その中等学校に通っていたバカの生徒は、わずか一人のことです。

 それが、最近の調査では、中等学校に「少なくとも一二人のバカ出自の生徒が在籍した」ことが分かりました。バカの社会にとって、「学校に通うこと」は特別なことではなくなったということです。

急速で強引な変化は、資源と機会を子どもたちから奪う

 学校教育が急激に浸透してく中、「かつての子どもたち」から「今の森の子どもたち」へと「世代が変わっても、子どもたちの文化には大きな変化がなかった」のだそうです。それに対して、亀井氏は「森の中で育まれる子ども文化の一種の強靭さを見ることができたように思われる」と述べています。

 ただし、「自然環境と生業文化のいずれかが大きな変化に見舞われた場合、この森の子ども文化の強靭さは失われ、もろく崩れ去ってしまうかもしれない」、また「急速で強引な変化は、子ども文化の消失を招き、多くの資源と機会を子どもたちから奪うことになりかねなない」とも指摘しています。

アフリカのこどもたちの環境を知ることは相互理解のために欠かせない

 テレビ、ラジオ、そしてインターネットと携帯電話の普及によって、世界中の情報がわたしたちにもたらされています。また、これまで述べてきたように、世界中に学校ができたことで、子どもたちは伝統的な文化を学び、それを受け継ぎながら新たな世界とつながり、それぞれの生き方の選択肢を飛躍的に増やしつつあるといいます。そんな中、熱帯雨林エリアにおいては、携帯電話をはじめとするさまざまな電子機器等に用いられるレアメタルの産地としても知られており、これがどんな変化を引き起こすのかも注目に値します。

 いずれにしても、日本や先進国とは正反対に、アフリカの人口は増加し、世界人口に占める割合が拡大していくことは間違いありません。近い将来、世界の主役となっていくアフリカの人たちが、今どのような環境で学び育ちつつあるかを知ることは、相互理解のために欠かせないことです。世界の未来を映し続ける存在として彼らの活動から目が離せません。

<参考文献>
『子どもたちの生きるアフリカ 伝統と開発がせめぎあう大地で』(清水貴夫・亀井伸孝編、昭和堂)
http://www.showado-kyoto.jp/book/b310341.html

<関連サイト>
亀井伸孝の研究室(編著者ホームページ)
http://kamei.aacore.jp/index-j.html
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
物知りもいいけど知的な教養人も“あり”だと思います。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,600本以上。 『テンミニッツ・アカデミー』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

熟睡できる習慣や環境は?西野精治先生に学ぶ眠りの本質

熟睡できる習慣や環境は?西野精治先生に学ぶ眠りの本質

編集部ラジオ2025(30)西野精治先生に学ぶ「熟睡の習慣」

テンミニッツ・アカデミーで、様々な角度から「睡眠」についてお話しいただいている西野精治先生(スタンフォード大学医学部精神科教授)に「熟睡できる環境・習慣とは」というテーマで具体的な方法論をお話しいただいた講義を...
収録日:2025/10/17
追加日:2025/12/11
2

平和の実現を哲学的に追求する…どんな平和でもいいのか?

平和の実現を哲学的に追求する…どんな平和でもいいのか?

平和の追求~哲学者たちの構想(1)強力な世界政府?ホッブズの思想

平和は、いかにすれば実現できるのか――古今東西さまざまに議論されてきた。リアリズム、強力な世界政府、国家連合・連邦制、国連主義……。さまざまな構想が生み出されてきたが、ここで考えなければならないのは「平和」だけで良...
収録日:2025/08/02
追加日:2025/12/08
川出良枝
東京大学名誉教授 放送大学教養学部教授
3

スケジュール管理で重要な「クリティカル・パス法」とは

スケジュール管理で重要な「クリティカル・パス法」とは

プロジェクトマネジメントの基本(4)スケジュール・マネジメント

スケジュール管理はプロジェクトマネジメント(PM)に強く要請される要素である。プロジェクトの有期性を保全するためには、スケジュールをどう分析するのか。また、一つのプロジェクトの所要期間はどう割り出され、どんな技法...
収録日:2025/09/10
追加日:2025/12/11
大塚有希子
法政大学専門職大学院イノベーションマネジメント研究科准教授
4

熟睡のために――自分にあった「理想的睡眠」の見つけ方

熟睡のために――自分にあった「理想的睡眠」の見つけ方

熟睡できる環境・習慣とは(1)熟睡のための条件と認知行動療法

「熟睡とは健康な睡眠」だと西野氏はいうが、健康な睡眠のためには具体的にどうすればいいのか。睡眠とは壊れやすいもので、睡眠に影響を与える環境要因、内面的要因、身体的要因など、さまざまな要因を取り除いていくことが大...
収録日:2025/03/05
追加日:2025/11/23
西野精治
スタンフォード大学医学部精神科教授
5

葛飾北斎と応為…画狂の親娘はいかに傑作へと進化したか

葛飾北斎と応為…画狂の親娘はいかに傑作へと進化したか

葛飾北斎と応為~その生涯と作品(1)北斎の画狂人生と名作への進化

浮世絵を中心に日本画においてさまざまな絵画表現の礎を築いた葛飾北斎。『富嶽三十六景』の「神奈川沖浪裏」が特に有名だが、それを描いた70代に至るまでの変遷が実に興味深い。北斎とその娘・応為の作品そして彼らの生涯を深...
収録日:2025/10/29
追加日:2025/12/05
堀口茉純
歴史作家 江戸風俗研究家