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DATE/ 2018.06.22

ストリートが織りなす映像人類学の多様性と可能性

増大する映像と「映像人類学」の興隆

 近年、加速度的に写真や動画などの映像が、記録・蓄積されるようになってきました。気軽に映像を共有できるインターネットの発達、カメラ機能の小型化、ムービー編集の簡便化、動画サイトの充実、ハードの記録容量の発達などさまざまな要因が考えられますが、この潮流は今後もますます加速され、さらに映像蓄積は増え続けることが予測されます。

 映像の歴史の始まりは約200年前にさかのぼります。19世紀のはじめにカメラ技術が実用化され、さらには19世紀終盤には映写技術が確立されました。それにより世界各地の映像が記録され、発表されて、人類の共有知としてアーカイブされていきました。

 そのような写真や動画といったイメージや、サウンドを対象として行う民族学ならびに人類学の研究を「映像人類学」といいます。映像人類学では、フィールドワークを通して出合う媒体である映像を素材として、総合的な研究を行います。増え続け、進化し続ける映像データとともに、興隆し注目を集めており、最近では従来と違った方法論として利用されたりアートと結びついたりと、新たな様相を示すようにもなってきました。

アフリカの音楽文化を研究する映像人類学者

 今、最も注目されている映像人類学者の一人が、川瀬慈(かわせ・いつし)氏です。専門は映像人類学と民族誌映画で、アフリカの音楽文化を対象にした映像人類学研究を行いながら、人類学・シネマ・現代アートの実践の交差点からイメージやサウンドを用いた話法を探究しつつ、文化の記録と表現における新地平を開拓しています。

 また、日本で最も映像人類学のアーカイブズの保存と活用を実践的に行っている研究機関の一つである、国立民族学博物館准教授でもあります。

 なお、代表的な映像作品に『ラリベロッチ――終わりなき祝福を生きる』、『僕らの時代は』、『精霊の馬』、『Room 11, Ethiopia Hotel』(イタリア・サルデーニャ国際民族誌映画祭にて「最も革新的な映画賞」受賞)などがあります。

ストリートの精霊「アズマリ」の“蠟と金”

 川瀬氏のフィールドワークの舞台は、エチオピア北部の古都ゴンダールです。かつてエチオピアの首都として栄え芸術文化が花開いた街のストリートには、楽士・吟遊詩人・聖職者・娼婦・物乞い・物売り・ゴロツキ・ガイド・霊媒たちなど、さまざまな人々がいます。著書『ストリートの精霊たち』(世界思想社)には、2001年よりゴンダールで継続して行ってきた人類学的なフィールドワークをベースに、かれら「ストリートの“精霊たち(コレウォチ)”」と川瀬氏の交流が描かれています。

 特に印象的な“精霊たち”に、弦楽器マシンコを奏でる音楽職能集団「アズマリ」がいます。アズマリの歴史は古く、17世紀~18世紀のエチオピアにおける諸侯の群雄割拠時代から「王侯貴族に仕える宮廷楽師、道化師、政治的な扇動者、社会批評家、そして庶民の意見の代弁者として」社会的に広範囲な活動を行ってきたということです。そんな中、アズマリとして生きる日々は楽ではありません。アズマリは “モヤテンニャ(手に職能をもつ者)”という範疇に入れられ、社会的に蔑視されてきたからです。しかし、現代でも通過儀礼や娯楽の場を歌と演奏により司る職能者として、地域社会のなかで重要な役割を果たしています。

 アズマリの歌の特徴的な歌いまわしは “蠟と金”と呼ばれ、「歌詞の表面的な意味を蠟のように溶かし、金、すなわち歌のなかに隠された意味をつかむこと」を指します。このためアズマリには修辞上のトリックや言葉の遊びのセンス、押韻や隠喩の技法、即興的なユーモアならびに、それらすべてを合わせた優れた音楽性が必要になります。

 同時に歌の聴き手にも、字義通りに歌詞を受け取るのではなく、自ら鑞を溶かして金を掘り起こすように「本意を感じ取る力」が求められます。これら一連のやりとりには高度な文化性や地域性が求められますが、アズマリと聴衆双方の意識が交差し、そのメッセージが伝えられたとき、より深い世界観やイメージの共有に至ることができます。

 他方、アズマリは憑依儀礼ザールにおいても重要な役割を担います。アズマリの演奏を軸に人々が一体となって眠っている精霊を揺さぶり起こして誘い出し、霊媒に降ろして憑依させます。そして霊媒が伝えるザール隠語を用いた“精霊の語り”を、マシンコの伴奏とともに違えることなく儀礼の参加者に伝えます。アズマリによって参加者は、まさにそれぞれにとって金言といえる精霊からの言葉を、感受することができるようになるのです。

映像人類学者が織る「ほどけない織物」

 同書の文体は短い章ごとに異なっており多様です。随筆風・対話形式・短編小説手法といったように、まるでそれぞれの精霊たちが乗り移った語りのように、はたまた吟遊詩人の唄のように、諷喩的かつ個別的で生き生きとしています。さらに川瀬氏が撮影した魅惑的な写真も豊富に収載されているため、とっておきの短編映画を観るような感覚や、とびきりの語り物の絵双紙を読みすすめるようなイメージを、存分に楽しむことができます。

 「ゴンダールのストリートはどこまでも伸びていく」という川瀬氏。その言葉どおり、異国の街角でゴンダールの人々と出会い、再会します。また、北米、ヨーロッパ、日本でのふとした瞬間に、精霊たちのつながりを感じるような日々の出来事に意識を留め、思い出をよみがえらせ、多層的に再構築していきます。

 「神様は機織り職人 神様の機織りは下手である 織るにつれて ほどけていく」アズマリの神に捧げる歌の一節は、詩そのものが精巧な鑞細工のようです。そして、「機織りという行為を、神が万物に与える生と死にたとえた歌詞。神は次々に生命を与える(織る)が、同時に死も与える(ほどく)」といった金となる真意は、死生観への美しい諦念とも生命のはかなさへの風刺とも読み解けます。

 一方で、技術が進化したことにより、加工や保存方法によっては半永久的に記録できることとなった映像は、人類文化にとって貴重な「ほどけない織物」となったのかもしれません。織物の魅力の一つに多様な文様がありますが、人類学の魅力も多様性や多層性に潜んでいます。いにしえの技術の継承や見直しとともに新たな技術の開発によって、より多様で多彩な映像人類学の織物が織られていくのではないか、そんなことも感じさせてくれる、珠玉の一冊です。

<参考文献>
・『ストリートの精霊たち』(川瀬慈著、世界思想社)
http://sekaishisosha.jp/book/b355715.html

<関連サイト>
・映像人類学研究|川瀬慈公式サイト - Itsushi Kawase
 http://www.itsushikawase.com/japanese/
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